ビルメンテナンス業界動向とM&Aで押さえておくべきポイント
- ビルメンテナンス M&Aレポート
ビルメンテナンス業を経営されているオーナー経営者向けの記事です。ビルメンテナンス業界のM&Aの動向や、M&Aのメリット・デメリット、そしてM&Aを考え始めた際にオーナー経営者が押さえておくべきポイントを、解説させて頂いています。M&Aが活発なビルメンテナンス業界において、その背景と成長する企業がどのような戦略を描き、M&Aを実践しているのか、そのヒントを見つける機会になれば幸いです。
コンテンツ
①ビルメンテナンス業の定義
ビルメンテナンス業は、オフィス・マンション・病院・自治体施設・学校・ホテル・ショッピングセンター等、施設に対する、建物の管理を行う業務全般を指します。業務内容は多岐にわたり、主な分類でも以下のように分かれます。・清掃管理業務・衛生管理業務(貯水排水槽等の清掃・空調の清掃や空気の測定・害虫駆除等)・設備管理業務(電気通信・空調・給排水・エレベーター等設備の保守)・建物・設備保全業務(建物・設備の点検)・警備・防災業務(機械警備及び警備員による警備等)・管理サービス業務(エレベーター等の管理)・エネルギー管理業務(使用量の監視や省エネ化等)一部領域に特化した事業者が多い業界ではありますが、複合的に行う中堅大手企業は、近年も継続して規模・隣接業務への拡大を進めています。
②ビルメンテナンス業界の特徴
1)全体的には労働集約型の業種であり、人材の確保・育成が重要となる一方で、人手不足と従業員の高齢化が課題となっています。資格が必要な業務も多く、有資格者の確保が必要となるものの、特に一種資格者等の採用は容易にはいかず、多くの経営者は人材不足への課題意識が高い状況です。また、システム面への投資負担が大きなウェイトを占めるエレベーター管理や機械警備等の業務については、継続して中堅大手への集約が進んでいます。
2)市場規模を見れば、コロナ以前は4兆円強へと右肩上がりで推移してきましたが、コロナ以降は足踏みの状況です。2020年の契約改定率(継続物件契約額の対前年度比増加率)は、官公庁でかろうじてプラスながら、施設の閉鎖等の影響で、民間は7年ぶりにマイナスに転じてしまいました(公益社団法人全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス情報年鑑2021」2021/2)。また、2021年は全体としても若干の市場縮小が予想されています(矢野経済研究所「ビル管理市場に関する調査を実施(2021年)」2021/10)。
3)収益環境を見れば、売上は安定した事業であり、M&Aの価格算定においてもプラスとなります。一方、利益面に対しては、一部は最低賃金の上昇によるコストアップの影響を受け、生産性の向上が一層求められています。影響を受けた企業は、コストの吸収が行えた企業と行えなかった企業にわかれ、半数以上は価格や生産性向上による転嫁が行えなかった状況です。上記の環境において、積極的な企業は、システム化・DX化を図りつつ、人材確保・規模・業務領域の拡大のためのM&Aに取り組んでいます。
③ビルメンテナンス業界のM&Aパターン
ビルメンテナンス業界のM&Aは、業務内容による濃淡はあれど全体としては活発です。スケールメリット・人材確保・事業領域の拡大・相手の組織の活用を目的に、以下のような動きが多くみられます。
・同業による隣接業務への参入
・同じエリア内含めスケールメリット拡大のための同業M&A
・システム等投資負担の大きな業態は大手へ集約
・不動産管理会社等関連事業者によるビルメンテナンス業のM&A
④ビルメンテナンス業界のM&Aにおけるメリット・デメリット
ビルメンテナンス事業者の買い手企業は、基本的には不動産管理会社や同業(含む隣接業務の事業者)で、大手・中堅ないしは地域の有力企業がメインです。基本的には組織化された企業のため、そこにグループインすることで下記のようなメリットが期待できます。
・事業戦略、環境の強化
⇒双方の顧客に双方のサービスを提供するいわゆるクロスセルや、外注していた業務の内製化、規模・同一エリア内であれば密度の上昇による生産性の向上が期待されます。また、組織体制が構築されているため、譲渡側が単独では対応しきれない管理面のサポートを得られる可能性があります。当然、強い資本・ブランド力にて、今まで以上の販促・営業力の強化や、人材の確保、業務効率化・デジタル化への対応も、新たな親会社主導で進められ、事業戦略、事業環境の改善、ひいては企業収益力の改善にもつながっていきます。
・後継者問題の解決
⇒経営者様が引退を想定した時、目途が立たない場合にもっとも深刻な問題となるのが、後継者不在です。親族への承継、社員・従業員への承継者が不在の場合、第三者への承継(M&A)で非上場株式を現金化しつつ経営権を引き継ぐことができます。昨今、動き始めるタイミングが遅くなり、価値下落の中での廃業となることも増えていますので、早めの判断での、後継者問題解決のメリットは大きいものです。また、完全引退をせずとも、相談役等の一歩下がったポジションで、セミリタイアのように関わる事も状況と相談により可能です。
一方、良い事だけではなく、下記のようなデメリットも想定されます。
・希望通りの譲受企業が見つからないリスクがあります。価格条件が折り合わなかったり、経営ビジョンが異なったりするなど、ご自身の希望に100%沿う事はなかなかありません。まして時間が無ければ尚更です。もちろん譲れない条件が満たされなければお断りして頂きたいのですが、何を絶対の目的とし、相手にとってご自身にとって、重要事項が満たされるよう建設的にご相談を進める姿勢が中小企業M&Aにおいては重要となります。
・また、M&Aの最終局面においては、ケースバイケースながら、自社(もしくは譲渡する事業)の情報を全て知ってもらう気持ちで相手の調査に協力する局面があり、心身に疲労を感じる場合がございます(所謂、DD=デューデリジェンス=詳細調査や、そこからの最終契約への条件調整)。弊社に限らず各M&Aの専門家・アドバイザーをプロとして行う者は、最大限ご負担が軽くなるよう誠実に業務にあたりますが、経営者様ご本人にしかわからない・判断できない内容もあり相応のご負担がございます。予想できることですが、意思の硬さと精神力が肝要です。
・これまで「自分の会社」としてオーナーシップを振るってきたところから、買い手企業の子会社となることで自身のハンドリングは効かなくなります。引継ぎ期間という位置づけであれば会長等、社長として残る場合は所謂「雇われ社長」としての立ち位置での勤務となります。
⑤ビルメンテナンス業界のM&A手法
M&Aの手法は複数ありますが、ほとんどのケースは株式譲渡です。株式譲渡とは、対象会社の法人格は原則変わらず、株式(及び付帯資産)を譲渡することで新たな株主に経営権を譲渡するスキームです。従業員の雇用形態や、取引先との契約関係などはそのままで、株主だけが変更となります。手続きが簡易というメリットがある一方、買い手にとっては簿外負債等のリスクも引き受けることになるデメリットもあります。株式譲渡に次いで多いのが事業譲渡です。こちらは会社の資産、契約、従業員雇用等を一つ一つ譲渡するといったスキームです。株式譲渡と異なり、資産の所有権、契約関係、従業員雇用関係は当然には引き継がれず、一つ一つ確認して譲渡しなければならないため、手続きが煩雑です。一方で、買い手としては簿外債務等の引き受けリスクを軽減することができますし、売り手にとっても例えば他の事業がある場合などは、対象事業だけ譲渡するといった切り売りができるというメリットもあります。
⑥ビルメンテナンス業界のM&A相場
中小企業M&Aにおける代表的な株価算定方法としては、「時価純資産法(年買法)」と「マルチプル法」という2つがございます。それぞれの計算方法や、ビルメンテナンス業界における相場は以下です。
1)時価純資産法(年買法)
時価換算した総資産(簿外資産含む)から、時価換算した負債(簿外負債含む)を差し引き算出された時価純資産を株価とする考え方です。対象会社の業績によっては、そこに営業利益などの「のれん」を上乗せするケースもあり、この算出方法を「年買法」といいます。
2)マルチプル法
償却前営業利益の3~5倍から正味有利子負債(有利子負債-現預金等)を差し引き算出された額を株価とする考え方です。先述の時価純資産法が「資産」をベースとした算出方法に対し、「キャッシュ」をベースとした算出方法となります。「3~5倍」という数字については会社ごとに異なりますが、ビルメンテナンス業界においては平均4~5倍程度となります。ここから、対象会社の強み(独自のビジネスモデルや資格者等)や弱み(従業員年齢等)を踏まえ、倍率を増やしたり減らしたりし価額を交渉することとなります。
もし、自社が譲渡側、M&Aで事業を第三者に承継することを検討し始めた場合、まずは、専門のM&Aアドバイザーにご相談下さい。自社の企業価値がどの水準の金額になるのかや、M&Aにおける自社の強み弱み(場合によっては可否)について、把握しておく必要がございます。もちろん、最終的には、相手方との条件交渉によって株価を含む全ての条件等が決まるのですが、自社及びご自身の将来について考える機会にしてみて頂ければと思います。
船井総研入社後は専門サービス業の経営コンサルティング部門の統括責任者として多数のM&Aを経験。現在は、M&A部門の統括責任者をつとめる。買って終わり、売って終わりではなく、M&A後の企業成長を実現するマッチングに定評がある。過去経営支援を行ってきた企業は200を超える。
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