太陽光発電業界のM&A動向
- 電気・ガス・エネルギー M&Aレポート
近時、太陽光発電を含む、再生可能エネルギー業界のM&Aが、報道をにぎわせていますが、M&Aが活発化している業界の1つとして、当事者が、どのようなM&A戦略を描き、実践しているのか? そのポイントを分かりやすく解説しています。
コンテンツ
①太陽光発電業界の動向
「ESG」「SDGs」「RE100」「脱炭素」など、ビジネスに変革を求めるキーワードが、ここ数年新たに出て来るとともに、皆様の目にも止まり、ステークホルダーの目線も、これらキーワードに合致したビジネスの推進を重要視する潮流になってきています。
これらキーワードで注目されている様々な社会問題・環境問題の中でも、特に温室効果ガスの影響で地球の気温が上昇することによる気候変動問題は、最も重要な問題の一つであり、その対策の柱である太陽光発電を含む再生可能エネルギーは、今後ますます注目を集めてくるものと思われます。
そのような中、太陽光発電は、国策としての固定価格買取制度(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(FIT法))が、2012年7月にスタートし、着実な拡大が図られ、国内の年間発電電力量の10%に迫る状態になっています。
このように順調に拡大をしてきた太陽光発電業界ですが、上述の固定買取制度の終了による資金調達環境の変化、世界的な半導体不足、新型コロナ等の影響による部材不足、未稼働案件の期限切れ、FITビジネスの終焉から非FITビジネスへの移行、今後想定されるパネル等の大量廃棄問題など、事業環境には「大きな谷」が待っているような状況であります。
②太陽光発電業界のM&Aの手法
これまでは、太陽光発電用地(不動産)のM&A、稼働している太陽光発電施設のM&Aなど、いわゆる「資産のM&A」が多かったのですが、今後は、太陽光発電における「不動産仕入」「企画」「開発」「設計」「仕入」「販売」「施工」「維持」「管理」等を行う事業会社のM&A、いわゆる「事業のM&A」も組み合わせたかたちで、業界の再編が進むものと想定されます。
その理由としては、譲渡側としては先述のとおり、事業環境に「大きな谷」が待ち受けているものの、譲受側としては、(1)ビジネス変革のキーワードの通り、時流に乗った取組みとなること、また、(2)太陽光発電事業に対する評価ガイドやM&A保険の提供など、投資環境が整備されつつあり、(3)これまでの「太陽光発電投資」という発想から「太陽光発電事業」へと深化させるきっかけとして、M&Aを検討する企業が増えてきていることによるものであります。
また、近年は、法人を丸ごと譲渡するという「株式譲渡」のスキームではなく、自社の一部の事業だけを譲渡するという「会社分割」「事業譲渡」を活用したスキームを利用し、自社事業の「選択と集中」を企図したM&Aが多く見られるようになっています。
自社でコア事業として成長させたい事業のみを残し、コア事業と相乗効果が見込めないものや限定的なものを、第三者に譲渡することで、コア事業に経営資源を集中させる手法になります。
例えば、住宅用太陽光事業・住宅リフォーム事業、産業用太陽光事業を行っている事業者が、今後は、住宅用にのみ経営資源を集中させるため、産業用太陽光事業を第三者に売却するようなケースで、売却で得た資金を、更なる成長資金に投下するというような方法です。
株式譲渡とは異なり、「許認可」「従業員」「契約関係」「税務面」等に、最大限の配慮が必要となりますが、昨今のように、マーケット縮小や、あらゆる面でのコスト高等の環境下で、相乗効果を生み出すのが難しい局面においては、この「選択と集中」を企図したM&Aというのは、非常に重要な選択肢となるものと考えられます。
更に、近年は、現在主流のシリコン系の太陽電池と比べても、軽く、薄く、折り曲げることが出来る柔軟性を有し、これまで想定していなかったような場所にも設置することが可能な、ペロブスカイト太陽電池のように、新しい技術開発が進むことで、これまでは、「資産のM&A」「事業のM&A」と進んできた、太陽光発電業界におけるM&Aについては、今後、「技術のM&A」というようなフェーズに、更なる深化をしていくことが予測されます。
③太陽光発電業界のM&Aにおけるメリット・デメリット
太陽光発電を事業として行っている事業会社においては、先に例示した「不動産仕入」から「発電開始」、またその後の「維持」「管理」という、「フロービジネス」と、自社で発電施設を有し、売電収入を得るという「ストックビジネス」の両輪で、事業を推進している企業が多く、自社内でのポートフォリオの分散、および両事業が相互のノウハウを活用できるというシナジー効果もあることから、譲渡側からすれば、企業価値評価が高くなり、また譲受側からすれば、安定した事業基盤を獲得できることから、相互にメリットがあります。
また、FITの終了に伴い、今後はFITに依存しないビジネスモデルの構築が必要になってくることからも、新しい非FITのビジネスモデル・技術開発、セクターカップリングやスマートシティ構想などが、大手資本傘下のもと進んでいくものと思われ、「業界再編」ともいえる事例が多く行われるものと想定しています。
デメリットとしては、自社の稼働中の発電施設について、各種リスク評価(自然災害、大規模災害等を含む)や、固定買取残存年数終了後の価値算定など、譲受側の投資戦略やスタンスに大きく左右されることが多く、相手によっては全く経済条件(持株比率、株価、退職金、M&A後の報酬等の処遇)が異なってくる可能性があります。
譲渡側とすれば、可能な限り複数の相手方と交渉を行うことや、過剰なリスク評価に対しては、民間の保険会社が提供するM&A保険を活用するなどして、相互に意向のアンマッチを防ぎながら、取引実行後のリスクヘッジを行うなどの対応が必要になって参ります。
④太陽光発電業界のM&A相場
M&Aにおいては、モノの売買のように、特定の価格があるわけではありません。
譲受側の投資戦略等によって、大きく価格は変動するものであり、これは太陽光発電業界に限ったものではございません。
ただ、当該事業を行っている事業会社においては、自社内でフロービジネスとストックビジネスの安定した事業基盤が確立していること、またフロービジネスにおいては、多くの工程があるなかで、自社が取り扱える工程と、外注に依存している工程との峻別が付きやすく、特定の工程においては、許認可要件、有資格者の人的要件を整備する必要があるなど、参入障壁があることから、他の業界と比較した場合に、株価算定に良い影響を与え、株価が高くなる傾向にあるものと思われます。
中小企業のM&Aにおける株価算定において、よく利用されるものとして「時価純資産+営業権(のれん)」があります。
これは、譲渡企業の貸借対照表上の資産・負債を、まずは時価評価し直し、その差額である純資産を時価に算定し直します。そして、その時価純資産額に、将来予測される利益の何年分かを加算した金額を、株価として、取引を行うものです。
この「将来の利益」を「営業権(のれん)」として見るということは、実現していない「将来のシナジーから創出される利益」を、譲渡側に「先に支払をしてしまう」ことであり、譲受企業としては、マイナスからスタートすることを意識する必要があります。
昨今は、安易なシナジー効果を見込んだバリュエーションによって、高値掴みしてしまい、投資回収が進まないケースが多くみられます。
人口・マーケットの減少、制度・規制改正に伴う影響、ビジネスモデルの変化、他社との競合激化、有資格者の確保困難等を理由とする売上面でのシナジー効果の縮小や、原価高騰(円安、輸送費、光熱費)、人件費高騰(最低賃金、社会保険料、残業規制)、金利上昇等でのコスト面でのシナジー効果縮小を、きっちりと見込んだバリュエーションが、今後ますます重要になってきます。
⑤太陽光発電業界のM&Aを検討する際に、留意すべきこと
もし、自社が譲受側、M&Aを活用して積極的に他社を買収していこうと検討し始めた場合、まずは「何のためのM&A(買収)を行うのか」ということをきっちり定める必要があります。
M&A仲介会社等の案件を紹介してきた者の言われるがままに、案件を検討し、言われるがままに実行したM&Aは、基本的には上手くいきません。
以下のように、自社の課題や、今後の戦略・ビジョンをより明確に、具体的に洗い出したうえで、本当に戦略に合致した案件を検討するというスタンスを実践してください。
- ✓自社で太陽光発電投資を多く行っているが、維持管理機能を内製化したい。
- ✓電気主任技術者や電気工事施工管理技士等が不足しており、高圧工事に対応できないので、対処したい。
- ✓太陽光発電資材の供給が逼迫しており、取引基盤を強化したい。
- ✓新規開発よりも有利なセカンダリー施設を、自社の発電施設として増やしていきたい。
- ✓太陽光発電だけではなく、蓄電池等の周辺商材も取扱い、事業領域を拡大したい。
- ✓個人用発電のみに特化してきたが、今後は、産業用の分野にも新規進出したい。 等々
これらビジョンがないままのM&Aは、「資産のM&A」では良いのですが、「事業のM&A」では成功する確率が極めて低く、検討を開始したばかりに、もはや取り戻すことが出来ないコストに取りつかれて、合理的な意思決定が出来なくなる状態(サンクコスト効果に陥った状態)となり、誤った意思決定になってしまうことが想定されますので、十分な留意が必要です。
特に「事業のM&A」においては、「ヒト(従業員)」への配慮をなくして、成功はあり得ないと言っても過言ではありません。太陽光発電業界においては、有資格者(電気主任技術者、電気工事施工管理技士等)は、どの企業からも引く手あまたの状況であります。もちろん、賃金や待遇で引き留めることも重要ですが、M&Aを通じて、今後のビジョン、キャリア形成を共有しながら、M&Aによる親子関係を強調するのではなく、共に成長を目指していくような「包み込み」の発想も重要になってきます。
M&Aを機に、株主・親会社が変わり、管理方法が変わり、報告体制が変わり、勤務体制が変わり、その中で、従業員の方々が、小さな不満を感じながら、それが蓄積する中で、ある日、キーマンが退職や、従業員の多くが退職に至ってしまうというような、悲しい結果になったM&Aも少なくありません。
もちろん、給与制度や評価制度等、制度面の整備や、ハード面(営業拠点の統合、基幹システムの統合、間接部門・バックオフィス統合)等も、長期的な目線で取り組む必要性の検討は重要ですが、まずは、従業員とのコミュニケーション、人間関係の醸成は、、M&A実行後の大きなポイントで、M&A成功の可否を決定づけるものでもあります。最大限の対応を心掛けるようにして下さい。
複数回M&Aを実行され、それぞれの企業だけではなく、グループ全体の成長のアクセルとして、M&Aを活用しているような「M&A巧者」は、この「ヒトのケア」に、非常に長けているという印象です。例えば、グループ交流のためのイベント・食事会の開催や社内SNSの活用、簡易なものでも良いので、グループを通じての表彰制度を実施することや、目に見える変化を少しずつ体感・体験してもらうこと(例えば、制服・ロゴマークを刷新、業務用のPC/タブレットを新しくする等)で、従業員の方々が「変化」を受け入れることに慣れてもらうことが重要かと思います。
M&Aを検討し出すと、契約締結がひとつのゴールのような印象を持ってしまいますが、決してそうではなく、「M&Aの契約締結は、新たなスタート」であると再認識して頂き、本当の「M&Aの成功」を目指してください。
もし、自社が譲渡側、M&Aで事業を第三者に承継することを検討し始めた場合、まずは、自社の企業価値・事業価値がどのくらいの金額になるのか、客観的に自社の評価をしておく必要があります。
特に太陽光発電事業会社においては、フロービジネスの部分とストックビジネスの部分が両輪で運営されているケースが多く、評価方法も多岐に亘りますので、これらM&Aのバリュエーションに精通した税理士・会計士の先生や、M&Aアドバイザリー会社に一度ご相談されることをお勧めいたします。
もちろん、最終的には、相手方との条件交渉によって株価を含む経済条件等が決まるのですが、自社の評価を客観的に行うことで、自社の強みを再認識するケースや、逆に弱みやリスクを把握し、事前に改善を行うことも可能となります。
よく、M&Aは譲受側の成長戦略をもとに実践され、譲渡側は完全に受け身の姿勢と捉えられている経営者の方々も多いのですが、実際は、譲渡後も自社が存続し、成長戦略に乗るためには、きっちりとした前準備と、能動的なアクションがあってこそ、良い御縁としてのM&Aに繋がるものと理解してください。
いずれの当事者(譲受側、譲渡側)においても、M&Aは企業経営の中で大きな転換点となります。
きっちりとした事前準備と、意思決定をもとに、ともに成長戦略に資するM&Aを目指して参りましょう。
大学卒業後、ノンバンクへ入社。
営業・法務・管理部門を担当する中、当該ノンバンクが投資ファンドに買収されたことにより、その後、投資ファンド側でのM&A(企業買収・売却)や事業再生支援に従事、買収企業でのハンズオン支援などにも携わる。
2019年12月より、船井総合研究所M&A支援部に合流しM&A仲介業務に従事。
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