LPガス業界におけるM&A
- 電気・ガス・エネルギー M&Aレポート
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LPガス業界の定義
LPガスとは、「Liquefied Petroleum Gas」のことであり、日本語では「液化石油ガス」といわれ、ライターの燃料や、カセットコンロの燃料などのほか、プロパンガスと言われるLPガスも、その一種に含まれています。
LPガスのメリットとしては、(1)配管が整備されていない地方のエリアでの利用、(2)熱効率の高さ、(3)地震などの災害時の復旧スピード、(4)環境に優れている点などが挙げられ、需要家世帯においては、約2,200万件(約38%)が利用しています。
LPガス業界の市場規模・特徴
LPガス業界の市場規模としては、利用の多い地方での人口減少、都市ガスの整備や、ガス機器の省エネ化やオール電化が進むことによる、利用者の減少が進んでおり、それに合わせるように、販売事業者数も大きく減少しています。
我が国のLPガスは年間供給量の約80%を国外からの輸入、残りの20%を国内で原油から精製しており、かつては中東諸国からの輸入が多かったのが、近年はアメリカやカナダからの輸入が増加しています。
LPガスの流通経路は、産ガス国から輸入を行うことや、国内で原油を精製処理する(1)元売事業者、(2)元売事業者から仕入れたLPガスを小売事業者に販売する卸売事業者、(3)元売事業者から仕入れたLPガスを一般家庭等に販売する小売事業者等が存在し、多層的に複雑な経路になっています。
また、ガスという特性上、高圧ローリーでの配送や、ボンベによる小口配送等、配送コストが高くなる傾向にあり、事業者の経営上の課題となっています。
2023年2月に、資源エネルギー庁が公表をした「LPG事業を取り巻く情勢と施策の動向」によれば、LPガス事業者数は、国内需要の減少に伴い、大幅に減少しており、毎年300~500社の事業者が廃業に至っています。
その結果、2010年度には、約21,700社あったLPガス事業者が、2022年度には、約16,400社と5,300社弱に及ぶ減少となっています。
さらに、契約戸数500戸未満の小規模事業者が、LPガス事業者の65%以上を占め、これら事業者では、後継者不足による廃業が進んできている状況であります。
LPガス業界における、近年のトピックス
2024年7月、経済産業省より、LPガス業界の商慣行是正を目的に、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律施行規則の一部改正され、新たな規制が始まりました。
まず、(1)過大な営業行為の制限として、いわゆる「無償貸与」「貸付配管」など、過大な利益供与を通じた囲い込み行為を抑止するため、①正常な商慣習を超えた利益供与の禁止、②消費者の事業者選択を阻害するおそれのある、LPガス事業者の切替えを制限するような条件付き契約締結等の禁止。
(2)三部料金制の徹底として、消費者に不透明なかたちでLPガス消費に関係のない費用をLPガス料金に上乗せして回収している現状を是正するために、①基本料金、従量料金、設備料金からなる三部料金制の徹底、②電気エアコンやWi-Fi機器等、LPガス消費と関係のない設備費用のLPガス料金への計上禁止、③賃貸住宅向けLPガス料金においては、ガス器具等の消費設備費用についても計上禁止。
(3)LPガス料金等の情報提供として、賃貸住宅に入居するよりも前に、LPガス料金の情報を消費者が入手できるよう、①入居希望者へのLPガス料金の事前提示の努力義務、②入居希望者からLPガス事業者に直接情報提供の要請があった場合は、それに応じることが義務付けられるなど、罰則付きでの規制がスタートしています。
この新たな規制は、全ての事業者にとって、「営業戦略の練り直し」が必要になるものと考えられ、業界全体に、非常に大きな影響が今後出てくるものと想定され、新たな顧客獲得、契約獲得のため、適正な営業活動の範囲で価格競争に勝ち抜いていく必要が出てきます。
また、これら商慣習の変化だけではなく、人口減少や、都市ガス・オール電化との競合による「市場縮小」、物価高・円安の影響、保安体制維持等の「原価高・コスト高」、賃金に比して、専門知識を要し、且つ力作業も多く、希望者が減少や高齢化が進行する中での「人材不足」等々もあり、前述のとおり、毎年、300~500社のLPガス事業者が減少していくなど、非常に厳しい外部環境・内部環境に置かれてくるものと想定されます。
さらに、この新たな規制の中で、これまでの取引で、「無償貸与」しているような資産について、M&Aの場面でどのように評価し、事業価値・株式価値を算定していくのかということも、論点になることが多いので、十分な留意が必要になってきます。
LPガス業界でM&Aを実行するメリット・デメリット
当該業界では、先述のとおり、小規模事業者が65%以上を占める業界構造となっており、大手・中堅企業による、小規模事業者のM&Aが多く実行されてきています。
そのメリットとして、譲受側としては、以下のようなものが挙げられます。
①契約戸数の獲得
M&Aにより、譲渡側企業が囲い込んでいる契約戸数を、一気に獲得することが出来、安定的な販売収益を得ることが見込める。
さらに、この顧客基盤を得ることで、譲受側企業が有するLPガス以外の商品・サービスをクロスセルすることも検討でき、契約戸数を梃子にした事業戦略を検討することが見込めます。
②規模の経済メリット
先述のとおり、多層的な流通経路の当該業界において、規模の経済を追求することで、安定的かつ安価な調達環境を維持することが出来るため、M&Aによる規模の拡大が、利益率の向上に直結させることが見込めます。
③事業エリア拡大のメリット
上記②に付随しますが、譲受側企業が有していない事業エリアへの進出の足掛かりとすることを目的とするM&Aも多く行われています。
これは国内エリアだけではなく、特に大手企業にとっては、海外進出をよりスムーズに、スピーディに行うことが出来るメリットを享受するために、M&Aを検討するケースが多いようです。
④業務の効率化
M&A後の拠点統合、労働集約になりがちな配送業務や、検針業務等を相互補完することで、業務の効率化を図ることが可能になります。
逆に、M&Aのデメリットとして、譲受側としては、以下のようなものが挙げられます。
①顧客の離反リスク
LPガスは、都市ガス等と比較した場合に、価格も高く、M&Aによる契約関係の変更、料金体系の変更をきっかけに、M&Aの重要な目的であった、契約戸数の獲得が、想定通りに進まないというリスクが内包されています。
②設備の老朽化リスク
業界構造として、小規模事業者が多く、配送コストなどの高コスト体質、競合環境の中での、利益率の低下等から、設備投資が思い通りに進まず、設備の老朽化等が極端に進んでしまっており、M&A後に新たな設備投資が必要になるようなケースも散見されます。
③M&Aにおける競合激化
規模の経済を目指す大手企業・中堅企業の常套手段として、M&Aが活用されるケースが多く、一つのM&A譲渡案件に、多くの競合企業が検討を行うような、売手有利の環境にあり、買収価格が想定以上に高くなることも多く、投資回収が長期化するリスクが散見されます。
これら、M&Aのメリット・デメリットを総合的に勘案し、バランスの取れたリスク・リターンを享受するため、戦略としてのM&Aを、積極的に検討する企業が増えてきています。
当該業界のM&A事例
それでは、当該業界における実際のM&Aの事例にどのようなものがあるのか、具体的にみていきましょう。
①規模の経済メリットを追求した事例
譲受側企業が規模の経済メリットを享受すべく、以下のようなM&Aが行われています。
- ▶岩谷産業による東京ガスエネルギーの子会社
岩谷産業は、東京ガスエネルギーとそのグループ会社の子会社化を、2022年に公表しています。
北海道から沖縄まで全国展開している岩谷産業が、関東・首都圏地域において集中的に事業展開している東京ガスエネルギーを子会社化することによって、営業効率化・物流合理化・業務効率化などさまざまなシナジー効果を期待して、当該M&Aを実行したものと思われます。
- ▶大丸エナウィンによる太陽プロパンの子会社化
大丸エナウィンは、福井市においてLPガス販売を行う太陽プロパンを、2021年子会社化したことを公表しています。
大丸エナウィンは、近畿圏を中心にLPガス、住宅設備機器の販売等を主な事業として展開していましたが、隣接する福井エリアで、多くの顧客基盤を有し、50年以上の経営を行っていた太陽プロパンを子会社化することで、自社の事業エリアの拡大を実現しています。
- ▶TOKAIホールディングスによる、フジプロの子会社化
TOKAIホールディングスは、傘下のグループ会社を通じて、神奈川県茅ケ崎市にあるLPガス販売等を行うフジプロを、2024年に買収しています。
静岡に本社を置くTOKAIホールディングスは、フジプロが有する神奈川エリアでの事業エリア獲得、営業体制の整備を進め、営業・配送・保安等における業務の効率化、相乗効果創出へ繋げることを目指しています。
- ▶サイサンによる、最上商店のグループ化
さいたま市に本社を置くLPガス大手のサイサンは、LPガス販売、灯油販売等を行う、岩手県の最上商店をグループ化したことを、2024年7月公表しています。サイサンは、既に岩手県内で複数のLPガス拠点を有していますが、さらなる相乗効果、業務効率化等を図ることを目的とし、M&Aを実行されています。
また、LPガス業界におけるM&Aの特徴としては、一つの企業が、複数回のM&Aを実行することにより、M&Aを「点」で終わらせるのではなく、「線」そして「面」へと展開する「ロールアップ戦略」を活用していることが挙げられます。
LPガス業界のように、小規模事業者が多く存在する業界では、連続的に譲り受けを行うことで、グルー全体としての価値向上を図る戦略であり、参入障壁があり、差別化の難しい成熟産業、労働集約型の業界では、このような取組みが多く見られます。
また、一つのM&A成約実績(成功実績)が、業界内に周知されることによって、新たな案件の提案を受ける機会が増えるなど、複数回のM&Aを行うことによるメリットは多く存在します。
②事業エリア拡大(海外進出)を追求した事例
国内の需要減少に危機感を持つ大手LPガス事業者は、LPガスの消費拡大が続いている海外市場への進出を企図したM&Aを積極的に行っています。
- ▶伊藤忠エネクスによるWP Energy Public Company Limitedへの資本参加
伊藤忠エネクスが、タイ証券取引所に上場している、WP Energy Public Company Limited(以下「WP社」。)に、2021年資本参加をし、資本業務提携をしたことを公表しています。
WP社は、タイ国内ブランド別シェア第2位のLPガス販売事業者であり、今後も成長が見込めるLPガス事業の共同推進のほか、当該事業以外に行う、再生可能エネルギー事業などの取組みの海外進出への相乗効果も企図した戦略のもと行われています。
- ▶TOKAIホールディングスによるペトロセンターグループへの出資
TOKAIホールディングスが、ベトナムの大手LPガス販売事業者であるPETRO CENTER CORPORATIONの子会社に対して、2020年資本出資をしたことを公表しています。
ベトナムは、豊富な労働人口と海外からの直接投資増大等による経済成長が見込まれ、同国のLPガスの市場規模についても、今後も着実に拡大することを期待でき、非常に魅力のあるマーケットであると考えられており、TOKAIホールディングスにおいても、成長市場での有力な現地パートナーを探すなかで、出資を通じたパートナーシップの形成について合意されています。
まとめ
当該業界においては、前述のとおり、大手企業・中堅企業による、M&Aが積極的に行われています。
小規模事業者が多く占める業界構造、労働集約型という業界特性、またいずれの業界においても言われている経営者の高齢化、後継者不在の課題など、複合的な課題解決が必要な状況にあることのほか、
「契約戸数」という、比較的、目に見えやすい、また安定的な事業資産がビジネスの中心となるがゆえに、譲渡するときに、高い評価を受けることが出来るというビジネス特性から、M&Aによって、自社の譲渡を検討する経営者の方はますます増えるものと想定しています。
また、譲受側としても、当該業界においては、大手企業・中堅企業による、小規模事業者の囲い込みが進むものと想定されますが、さらに、隣接するエネルギー分野や、隣接する住宅分野等のほか、異業種への進出を企図したM&Aも、ますます活発になってくると思われ、その先には、中堅企業同士・大手企業同士による「業界再編」を企図した取組みが見られるようになるものと考えます。
当該業界において、M&Aでは、エリア・設備等に応じて、「契約戸数×〇〇万円」というような、一つの指標のものと、M&Aの取引価格を検討することがあります。
一朝一夕で獲得することが出来ない「契約戸数」、また将来の収益源として大きな期待を寄せることが出来る「契約戸数」であることから、このような価値算定方法になるのですが、M&Aにおいては、そのプロセス等において、その「契約戸数」という資産を大きく毀損してしまうケースもありますし、競合企業が、その「契約戸数」を、虎視眈々と狙っている状況の中、顧客との信頼関係が崩れてしまうことや、「時流」によって、M&Aにおける評価方法が異なるケースも散見されます。
また、LPガス業界では、法人を丸ごと譲渡するという「株式譲渡」というスキームだけではなく、顧客との契約のみを譲渡する「契約譲渡」や、LPガス事業だけを「会社分割」や「事業譲渡」を活用して、自社事業の「選択と集中」を実施することも行われています。
たとえば、LPガス事業の他に、ガソリンスタンドや太陽光発電などのエネルギー事業、不動産事業や住宅建築事業などを行われている事業者様にとって、どの事業を成長が見込めるコア事業として位置付けて、そのコア事業と相乗効果が見込めない、若しくは相乗効果が限定的な事業は、第三者に譲渡し、その譲渡で得た資金を、コア事業に投下し、更なる成長を目指すなど、スキームを選択した上で、M&Aを活用されるケースも増加しています。
船井総研では、長年「長所伸展法」として、「短所を是正するよりも長所を伸ばし強みとする」こと、更に、自社の強みを育て、将来の市場に合わせる「時流適応」を続けていくことで、「独自固有の長所」を持った唯一の企業になっていくことが可能であると考えており、その手法として、このようなM&Aを活用することも、今後ますます重要になってくるものと思われます。
M&Aは、いずれの当事者様(譲渡側・譲受側)においても、企業経営の中で、非常に大きな転換点となるものであります。
きっちりとした前準備と、「時流」「タイミング」を見定めるという意思決定のもと、ともに成長戦略に資するM&Aを目指して参りましょう。
株式会社船井総合研究所としましても、単なる「マッチング」だけに固執した、M&Aコンサルティングではなく、当事者様の「持続的成長(サステナブル・グロース/船井総合研究所では、略して「サステナグロース」と定義しています。)」を目指した、M&Aのサポート、引いてはマッチングの場面だけではない、経営者に伴走することを目指した「経営者コンサルティング」を目指しております。 少しでも、M&A・事業承継にお悩みや不明な点等がございましたら、ご相談ください。
大学卒業後、ノンバンクへ入社。
営業・法務・管理部門を担当する中、当該ノンバンクが投資ファンドに買収されたことにより、その後、投資ファンド側でのM&A(企業買収・売却)や事業再生支援に従事、買収企業でのハンズオン支援などにも携わる。
2019年12月より、船井総合研究所M&A支援部に合流しM&A仲介業務に従事。
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