歯科

歯科経営者が感じるM&Aのハードル

M&Aと聞くと先生はどう思われますでしょうか。多くの先生のご反応を見る中で、M&Aを好意的に捉える先生は少数です。出口戦略を考える先生も、成長戦略を考える先生も、M&Aとは距離を置いている場合が多いです。歯科経営者が感じるM&Aのハードルについて、出口戦略側と成長戦略側でそれぞれ代表的なものを挙げていきます。

出口戦略を考える先生がM&Aに感じるハードル

他院に買収「される」、「身売りする」という、言葉の呪い

これまで色々なご相談を受けてきましたが、言葉のイメージが呪いのようにその人を縛っていることをよく見かけます。
特にM&Aはその最たる例で、買収「される」というように受け身の行為を想起させたり、「身売り」というような当事者の気持ちを一切無視した失礼な言葉と同義にされることもあります。そのため、M&Aと聞いただけで不快になる方も多いです。
M&Aが歯科業界にとって必要であると思う身からすると、M&Aという言葉が持つイメージを少しでも明るいもの、未来に向かっているものと捉えていただけるように、丁寧に取り組んでいく必要があると感じます。

全て自分で決めてきたが、自分に決裁権がなくなることへの恐怖

大きな変化を好意的に受け止められる人はごく少数です。ほとんどの方は変化を恐怖として捉え、年齢を重ねていけばいくほどその傾向は強まるのではないでしょうか。
M&Aでは経営権を譲受側に承継します。つまり最終決裁権を、ご自身から譲受側に承継することになります。
今まですべてをご自身の経験と勘で判断されてきた院長からすると、自分以外の第3者に経営判断をゆだねるというのはとてつもない変化であり、イメージが出来ない、受け入れがたいものかもしれません。
一方で「この人となら一緒に働きたい」と思える信頼できる相手なら、経営者の孤独を分かち合えることにもなりますので、ここはお相手次第、そのお相手と信頼関係を築くことで乗り越えられるのではないかと思います。

周りの方との関係性の変化に対する恐怖

今までその土地で〇〇歯科の院長というお立場で長年やってこられた身からすると、院長のアイデンティティがなくなること、経営者同士の会合に参加しなくなること、今まで領収書を切っていたのが切れなくなること、そういった今までの生活スタイルが変化し、それに伴い周りの方との関係性も変化してしまうのではないかと恐怖を感じられるケースもあります。
ただ実際は、立場が変わることで周りの方との関係性が改善することも多く、結果先生自身の幸福度が上がっているケースが殆どです。「経営者」という重荷がご自身や周りを苦しめることもありますから、このあたりはご自身の御心と向き合って、「自分は本当は何を望んでいるのか」を問い直してみるのも良いかもしれません。

成長戦略を考える先生がM&Aに感じるハードル

分院展開ノウハウがあり、M&A戦略の必要性を感じない

分院展開で成功されている理事長からすると、分院展開の成功パターンを掴んでいるのに、わざわざM&A戦略を採用してリスクを取る必要はないとお考えになることがあります。資材・機材の高騰や、歯科医師・歯科衛生士の採用コストの上昇もあり、今まで以上にM&Aへの取り組みが経営判断として優位なものとなってきていても、文化の浸透度や成功パターンの磨き上げを重要視する場合は、M&Aを成長戦略として採用されません。
ユニクロの柳井会長は「成功の復讐」という言葉を使われていますが、一度成功体験を経ると、その成功体験に固執してそれ以外の道が見えなくなり、いつの間にか危機に立たされるというお話をされています。釈迦に説法になりますが、経営戦略も時流次第で大きく変わりますので、成長戦略を考える先生におかれましては、成功体験を手放してゼロベースで戦略を見直す機会も作っていただくと良いかと思います。

違う文化が混ざることへのマネジメントリスクの懸念

これは組織が強いところほど傾向が強いように感じます。自分たちの組織が最高だという自負があり、違う文化が入ることで組織が弱まるのではないかと懸念し、M&Aを採用しない。採用するとしても、完全に自分たちの色に染め上げることを良しとするパターンです。
M&Aは、「お互いの良いところを分け合って、自分たちだけでは成し得なかった成長・発展をお互いが享受する」という、譲渡側も譲受側も対等な経営提携の形です。
一方の色に染め上げる的なM&Aは、失敗例の枚挙に暇がありません。そのため、自分たちの文化に完璧に合わせていただこうというスタンスの場合は、M&Aよりむしろ分院展開の方が合っていますので、そちらの方向性で取り組みを強化されると良いかと思います。
違う文化を受け入れられる多様性に富んだ組織づくりを考えられるタイミングで、M&Aを戦略として採用されていくのが良いかと思います。

「他院を買収している」という評判がついてくることへの不安

歯科医師は大学同士のつながりなど、横縦のつながりが強いです。そのため、「他院を買収している」という評判を持たれたくない、というお気持ちを感じることがあります。
ただ、歯科業界にとって、後継者不在問題は深刻です。そして事業承継出来た譲渡側の先生は、本当に譲受側の先生に感謝します。それは、医院や法人を承継してくれたことで、経営の孤独から解放してくれたから、患者さんや従業員さんを繋いでくれて地域の医療圏に穴をあけずに済んだからです。
周りからの心無い評判はどうしても一定ついてくるかもしれませんが、そうした全体感を持つことが出来れば、あまり気にならなくなるのではないでしょうか。

ハードルを知り、ご自身らしい選択を

歯科のM&Aのハードルについて代表例を記載してきましたが、ハードルはご自身が設定されているものばかりです。ハードルをこだわりと言い換えても良いかもしれません。
ハードル、こだわりを知ることで、ご自身らしい選択をするはじめの一歩にもなり得るかと思います。是非本コラムだけでなく、様々な情報やお話に触れてみて、ご自身の今後の行く道を描いていただければと存じます。我々はいつでも先生の御力になりたいと思っております。お気軽にお問い合わせください。

歯科のM&Aに関するより詳しい情報は、下記の記事をご参照ください。

1.歯科医院M&AのTOP
2.歯科のM&A事例
3.歯科のM&Aの失敗事例
4.歯科のM&Aのメリット・デメリット
5.歯科のM&Aのポイント
6.歯科のM&Aの特徴
7.歯科のM&Aの譲渡対価の相場観
8.歯科のM&Aの注意点


長谷川光太郎

(株)船井総研あがたFAS チーフコンサルタント

国内大手メーカー勤務を経て、2018年に船井総研に入社。歯科医院の経営コンサルティングに従事し、現在は歯科医院・医療法人の事業承継全般の支援を行っている。医療法人特有の事業承継に関わる知見を有し、譲渡側・譲受側双方からの信頼が厚い。

長谷川光太郎

(株)船井総研あがたFAS チーフコンサルタント

国内大手メーカー勤務を経て、2018年に船井総研に入社。歯科医院の経営コンサルティングに従事し、現在は歯科医院・医療法人の事業承継全般の支援を行っている。医療法人特有の事業承継に関わる知見を有し、譲渡側・譲受側双方からの信頼が厚い。