歯科業界において、後継者不足や経営環境の変化を背景とした譲渡案件は増加傾向にあります。
しかし、その本質が単なる利権の売買であってはならないと訴える経営者がいます。九州屈指の歯科医療法人代表であり、「一生付き合える歯医者さん®︎」という独自の医療モデルを展開する廣田先生です。
廣田先生は、戦略的譲渡を「社会課題を解決するための手段」と定義します。今回はインタビューを通して、廣田先生の診療哲学と、これからの歯科経営が目指すべき事業承継の本質について話を伺いました。
廣田先生プロフィール
医療倫理に基づいた精度の高い診断と治療、適切な予防処置を行い、若手ドクターの教育にも注力する九州屈指の歯科医療法人の代表。「一生付き合える歯医者さん®」の医療モデルを通して、日本の歯科医療の抜本的な変革を目指している。
◆ 診療哲学の核:医療倫理の四原則をどう守り抜くか
廣田先生の経営の根幹には、勤務医教育においても徹底されている「医療倫理の四原則」が存在します。先生は、日々の診療においてこの原則を「絶対に外さない核」として最重要視しています。
「まず、自律尊重原則です。患者様が自律的に意思決定できるよう、情報提供を徹底し、意思を尊重しなければなりません。経営側の都合で松・竹・梅のようなメニューを出して誘導する行為は、自律尊重ではなく単なる誘導であり、私は良しとしません。次に無危害原則。一言で言えば、患者様から価値のあるものを奪わない、ということです。経営的都合で、残せる歯をインプラントのために抜歯するといった行為は、明確な倫理違反といえます」
さらに、患者様一人ひとりにとっての最善を模索する「善行原則」、そして医療提供者と患者様が対等であるべき「正義原則」についても言葉を続けます。
「正義原則は、フェアにいこうぜ、という感覚です。利益も負担も50:50であるべきで、一方が暴利を貪ることも、患者様が努力せず一方的に治せと迫ることも、フェアではありません」
このように医療人としての王道を説く背景には、歯科医院が社会保障制度の中にあり、公益のために存在するものであるという強い信念があります。

◆ 経営の王道:なぜ「ど真ん中」の正攻法が最強なのか
流行の経営手法や短期的な利益を追う情報が溢れる中で、廣田先生は常に「ど真ん中」を攻め続けています。その理由は、長期的な視点に立った際の圧倒的な強さにあります。
「渋沢栄一の論語と算盤ではないですが、公益を考えることが最終的に一番強い。最近の流行りといった情報は、私にとってはノイズに過ぎません。ど真っ直ぐ、ど真ん中の正攻法を貫けば、たとえ時間はかかっても最終的には本物に落ち着きます。嘘のある商売は、人が付いてこないため結局は無駄になります。王道こそが、ただの効率的ではなく、長期における効果的な経営戦略といえます」
また、廣田先生は組織のトップとして、自身の技術研鑽を「勤務医を価値ある医療人に育てるための責任」であると定義し、「ハンカチ理論」を用いて説明します。
「ハンカチの真ん中を摘まんで引き上げていくと、末端も一緒に上がってきます。法人のトップである私の技術が上がらない限り、勤務医たちのレベルも上がらない。だからこそ、私がトップラインを上げる責任があると考えています」
かつては廣田先生一人がその役目を担っていましたが、現在は組織の成熟と共にその形が進化しています。
「今は、私一人だけがハンカチを摘まんでいるわけではありません。矯正や外科など、それぞれの分野でトップを走る勤務医たちが育っており、ハンカチの頂点がいくつも存在する『多極的な組織』になっています。私自身は専門である補綴やフルマウスの領域で最大値を引き上げることに集中し、各分野のスペシャリストがそれぞれの頂点を引き上げる。このチームとしての層の厚さこそが、今の私たちの医療の質を支える最大のエンジンです」
◆ 組織の変遷:3億円の壁を突破した「4階層」の仕組み
法人の成長過程において、廣田先生も多くの壁に直面してきました。1億円から2億円の規模で直面した「院長依存」の壁を組織化で乗り越えた後、さらなる大きな試練が訪れました。
「最も苦慮したのは3億円の壁でした。3年ほど足踏みしましたが、これを打破したのが4階層組織への移行です。組織を階層化し、マネジメントを仕組みとして機能させることで、そこからは停滞することなく5億円、そして7億円へと成長を続けています」
この成長を支えるのが、徹底した権限委譲です。先生は、自身の感覚やセンスを言語化し、コピーして移していくことが不可欠だと語ります。
「経営者のセンス、例えば顧客心理を読むといった感覚的な部分を言語化し、社員に渡していく。そのためには、一生付き合える歯医者さん®︎という事業ドメインを定義し、やることを絞らなければなりません。誰に何を提供するのかという定義がはっきりしているからこそ、社員への権限委譲が実現できます」
◆ 未来を見据えた「不可避の潮流」としての譲渡
廣田先生が描く未来の事業ドメインは明確です。
健康と向き合おうとするすべての人に、"一生付き合える歯医者さん®︎"を通して、well-beingを実現する。そのための"医療モデル"を、社会に展開する。
廣田先生は、この使命を果たす上で、既存医院の引き継ぎや提携は避けて通れない業界の流れであると指摘します。
「歯科医療が目先の利益を追う商売に成り下がり、公益性を失いつつある現状を打破しなければなりません。今後増加が予想される歯科難民を減らすという社会課題に立ち向かうには、理念を共有する拠点を増やしていく必要があります。その際、ゼロから立ち上げる新規開業だけでなく、既存の医院を引き継ぎ、その地域の患者様や雇用を守りながら再生させる戦略的譲渡は、私たちの描く未来にとっても必要不可欠な要素です」
法人は「寿命がない」からこそ、事業を継続させる責任があります。廣田先生にとっての譲渡や提携は、単なる規模拡大ではなく、地域の医療基盤を守り、理想の歯科医療を社会実装するための肯定的な進化のプロセスなのです。
◆ まとめ:医院の価値を次世代へつなぐために
廣田先生が語るバトンタッチのあり方は、単なる金銭のやり取りではなく、積み上げてきた信頼と哲学の継承です。
歯科業界の再編が進む中、譲渡や提携はもはや避けられない潮流です。しかしそれは、先生が心血を注いできた医院の哲学を次世代へつなぎ、より多くの患者様を救うための前向きな進化といえます。理念を核に据えた戦略的譲渡が普及することこそが、日本の歯科医療を再生させる確実な道です。志を同じくするパートナーとの提携は、医院が地域社会で果たしてきた役割をより確かなものへと変えていきます。