歯科

「零細歯科」を脱し、日本一の組織へ。トップランナー千賀氏が提言する標準化と戦略的譲渡の出口

歯科業界において、圧倒的なスピードで規模を拡大し、日本最大級の歯科医療法人へと成長させた経営者がいます。

千賀先生です 。千賀先生は、個々の医院が「零細企業」として孤立している現状を、歯科医療全体における損失であると断じます 。

今回はインタビューを通し、千賀先生が目指す「標準化」の真意と、経営者として避けて通れない「出口(譲渡)」への責任について話を伺いました。

千賀先生プロフィール

日本歯科大学を卒業後、三井記念病院に入職。2017年に西新井にてクリニックを開院し、2019年に医療法人社団誓栄会を設立。その後毎年3〜5件ペースで開業を進め、現在グループ全体で年商160億円を超える規模まで拡大させている新進気鋭の歯科経営者。

◆ 診療哲学と組織設計:塾から「進学校」への転換

千賀先生の組織運営の核には、歯科医療の「標準化」という強い意志が存在します。先生は、現在の歯科業界が抱える構造的な問題を次のように語ります。 

「歯科業界は、一個一個が小さい零細企業の集合体です。それぞれの文化や技術に差があり、教え方もバラバラ。治療を受ける患者様の立場からしても、それが標準化されていないのは大きな問題です。今の業界は医院とスタディグループが学校と塾のような関係性になっていますが、塾に行かなければ学べない環境は歯科医療全体の損失といえます。だからこそ、働きながら当たり前に成長できる進学校のような場所を作り、組織としてレベルを底上げしていく必要があるのです。」 

個人の力には限界があるからこそ、組織としての標準化を追求する。この高い志は、同じく歯科医師であった父君が不慮の事故で亡くなった際、全医院を譲渡せざるを得なかった過去に端を発しています。 

「父の17回忌に当時のスタッフが集まってくれたとき、父がいかに素敵な医院を作っていたかを知りました。自分も、日本一スタッフ満足度が高く、家族に誇れる医療法人を作りたい。そのためには日本一の評価を得なければなりませんし、待遇も日本一にする必要があります。それには日本一の売上が不可欠です」 

属人性を排した標準化こそが、患者様を守り、スタッフの誇りを守るための盤石な土台となります。この仕組みの構築こそが、将来の円滑なバトンタッチを可能にする不可欠な準備といえます。

◆ 経営マネジメント:金融債務の壁と属人化の排除

急成長を遂げる中で、千賀先生が直面したのは組織の壁ではなく「キャッシュ」という現実的な課題でした。先生は、外部資本に頼らず成長を続ける独自のマネジメント論を語ります。 

「直面した壁は、組織マネジメントよりも資金調達の問題です。ファンドは入れず、すべて金融債務による融資で賄っているため、かなりパンパンな状態が続いています。本当はもっと加速できるのに、資金の関係で行けないというジレンマはあります。ただ、その制約がある期間に内部の組織力を固め、別のビジネスリレーションを図ることで、結果として属人化しない仕組みが研ぎ澄まされていきました」 

現在、事務方だけで約50名規模を擁する組織において、徹底した権限委譲が機能しています。 

「ドクターも衛生士も、事務方も、なるべく属人化しないシステムを作っています。権限委譲を徹底しているため、彼らが自分で責任を持って動けるようになっています。また、個々のKGIをKPIに落とし込み、デイリーベースで数値に伴走する体制を敷いています。ここまで細かく伴走している組織は他にないはずです」 

個人の感覚に頼らず、数値とシステムで医院を動かす。この視座を持つことが、経営を「究極のゲーム」として成立させ、戦略的提携を成功に導く鍵となります。

◆ 歯科業界の未来:買い手市場化と戦略的譲渡の経営実装

千賀先生は、世界的な潮流であるDSO(歯科支援組織)が、日本でも「孤立」から「共創」へのシフトを加速させると予測します。 

「世界がDSO主導になる中で、日本もバラバラに戦う時代から、プラットフォームやインフラを共有する形へシフトしていきます。その筆頭として業界を牽引していきたい。私たちの戦略的譲渡における判断基準は、既存医院のパワーではなく、リサーチした場所が良いかどうか、そして人が取れるかどうかです。自社のシステムを導入すれば、顧客基盤を確実に再生できる自信があるからです」 

さらに先生は、現在の歯科業界において買い手市場化が進んでいることを踏まえ、譲渡を経営戦略の柱として組み込む重要性を説きます。 

「日本の院長先生は、キャッシュフローや貸借対照表の理解が不十分なケースが非常に多いです。これからはコスト感覚をしっかり持って、早い段階から戦略的譲渡によるエグジットを考える教育も必要です。出口を考えることは、決して後ろ向きなことではありません。買い手市場となっている今、M&Aを特別なイベントではなく、日常の経営戦略の一部として捉え、自院の価値を最大化する手段として実装すべきです」 

ただし、市場の勢いに任せるだけでは不十分だと先生は付け加えます。

「買い手市場なのは間違いないですが、運営体制や人材が整っていない状態での譲受はリスクをはらみます。そのための専門家のサポートは必須です。リスクを最小限に抑えつつ、個人の限界を超えて理想の医療を社会実装するための最も合理的な手段として、戦略的譲渡を捉えるべきです」 

市場の変化を捉え、戦略的譲渡を成長のエンジンとして活用する姿勢が、これからの歯科経営には求められます。

◆ まとめ:医院の価値を次世代へつなぐために

千賀先生にとっての経営は、単なる利益追求ではなく、スタッフが家族に誇れる組織を次世代へ繋ぐための真剣な探求です。 

歯科業界の再編が進む中、譲渡や提携はもはや避けられない潮流であり、成長を加速させるための前向きな進化といえます。

先生方が心血を注いで築き上げた医院を、より強固なインフラへと組み込み、バトンを繋ぐこと。

財務感覚を持ち、買い手市場化という現状を味方につけて出口戦略を設計することこそが、先生方自身の、そして地域医療の未来を守るための賢明な決断となります。

共創の時代における戦略的提携は、歯科経営の可能性を大きく広げる確かな一歩です。

長谷川光太郎

(株)船井総研あがたFAS チーフコンサルタント

国内大手メーカー勤務を経て、2018年に船井総研に入社。歯科医院の経営コンサルティングに従事し、現在は歯科医院・医療法人の事業承継全般の支援を行っている。医療法人特有の事業承継に関わる知見を有し、譲渡側・譲受側双方からの信頼が厚い。

長谷川光太郎

(株)船井総研あがたFAS チーフコンサルタント

国内大手メーカー勤務を経て、2018年に船井総研に入社。歯科医院の経営コンサルティングに従事し、現在は歯科医院・医療法人の事業承継全般の支援を行っている。医療法人特有の事業承継に関わる知見を有し、譲渡側・譲受側双方からの信頼が厚い。