船井総研あがたFASです。不動産仲介業界は、IT化の進展、競争の激化、顧客ニーズの多様化など、かつてない変化の波に晒されています。本稿では、不動産仲介業界(売買)におけるM&Aのメリット・リスクを、譲渡(売り主)側と譲受(買い主)側の両方の視点から解説します。
1. 不動産仲介業界でM&Aが増加している背景
不動産仲介業界では、近年、中小企業を中心にM&Aが活発化しており、その背景には以下の要因が挙げられます。
・後継者不足
経営者の高齢化や後継者不足により、事業承継を目的としたM&Aが増加しています。少子高齢化の影響は不動産仲介業界にも及んでおり、後継者問題を抱える企業は少なくありません。
不動産仲介業は、地域密着型のビジネスモデルであることが多く、長年培ってきた顧客との信頼関係や地域における評判が、事業の成功に大きく影響します。そのため、後継者不足によって事業が中断してしまうと、顧客や地域社会に大きな損失を与える可能性があります。このような状況下で、M&Aは、事業を継続し、顧客や地域社会への影響を最小限に抑えるための有効な手段として注目されています。
・競争激化
大手企業や異業種からの参入により、競争が激化し、生き残りをかけてM&Aを選択する企業も増えています。従来、不動産仲介業界は、地域密着型の企業が多く、事業対象エリアの中においては比較的競争が穏やかな業界といえました。しかし、近年では、大手企業や異業種からの参入が相次ぎ、競争環境は激化しています。
例えば、IT企業は、AIやビッグデータなどを活用した不動産テックサービスを展開することで、顧客体験の向上や業務効率化を図っています。また、金融機関は、住宅ローンや不動産投資などの金融サービスと連携することで、顧客基盤の拡大を図っています。
・IT化への対応
不動産テックの進化に対応するため、IT投資やシステム導入を目的としたM&Aが増加しています。AI、VR、ビッグデータなどを活用した不動産テックサービスが次々と登場し、顧客体験の向上や業務効率化が求められています。不動産仲介業界におけるIT化は、顧客サービスの向上、業務効率化、競争力強化のために不可欠です。しかし、IT投資には多額の費用がかかり、中小企業にとっては大きな負担となります。また、IT人材の確保も容易ではありません。そこで、M&Aによって、IT企業を買収したり、ITに強い企業と提携したりすることで、必要な技術やノウハウを迅速に獲得し、IT化・業務効率化を推進する企業が増えています。
2. 売り手側のメリットとデメリット(リスク)
M&Aは、譲渡企業にとっても、買い手企業にとっても、メリットとリスクが存在します。M&Aを検討する際には、それぞれのメリット・リスクを理解しておくことが重要です。
メリット
・事業承継
前述の通り、後継者不足を解消し、円滑な事業承継を実現することができます。M&Aによって、長年培ってきた事業を存続させることができ、従業員の雇用も維持することができます。
・従業員の雇用維持
M&Aによって、従業員の雇用を維持することができます。雇用の維持だけでなく、大手・地域一番店のブランド・採用力の活用による人材確保、さらには給与水準の改善等も考えられます。不動産仲介業界は人材が重要な資産であるため、譲渡によって従業員の雇用が維持されることは、企業にとって大きな安心材料となります。
・経営資源の活用
買い手企業の経営資源を活用することで、事業の成長を加速させることができます。資金力、人材、ノウハウ、ブランド力など、買い手企業の経営資源を活用することで、既存事業の拡大や効率化、新規事業展開も可能となります。
・創業者利益の確保
創業者は、M&Aによって株式を売却することで、創業者利益を確保することができます。長年の経営努力の成果を、M&Aによって現金化することができるため、大きなメリットと言えます。
・個人保証の解消
特に不動産会社の場合は、物件購入のため大きな借り入れをしている会社も多くあります。第三者承継(M&A)により、個人保証を外すことができるため、保証リスクを抱えている株主にとって大きなメリットとなります。
デメリット(リスク)
・経営権の喪失
M&Aにより株主が変わるため、経営権を失う可能性があります。これは、譲渡企業の経営者にとって、大きなリスクと言えるでしょう。しかし、譲受側も社長職を務める人員を即座に用意するのは困難であるため、売主にそのまま経営を継続してほしいと希望することがよく見受けられます。当然ご引退を前提にM&Aを行う売主もいらっしゃいますが、その場合でも1年~3年程度は引継ぎとして経営に関わることが多く、譲渡と同時に関係を完全に断つことは現実出来ではないといえます。
・従業員の反発
M&Aに対する従業員の反発や不安が生じる可能性があります。2つの会社が資本提携を行う以上、全関係者から完全に理解を得ることは難しいと言わざるを得ません。企業文化の違いや雇用不安などから、従業員のモチベーションが低下する可能性が考えられます。しかし、譲渡側と譲受側が協力して説明をし、理解を得ようとすることはM&A後の円滑な事業継続においてポイントとなるため、事前に双方でよく話し合うことが重要です。
・時間と費用の発生
M&Aには、時間と費用がかかります。交渉、デューデリジェンスの対応、契約締結、PMIなど、M&Aのプロセスには、多くの時間と費用を要します。当事者同士でM&Aを進めてしまうと情報漏洩のリスクや交渉の過程でのリスク等が発生する可能性が高くなります。M&Aをご検討する際には、専門家へご相談されることをお勧めします。
3. 買い手側のメリット・リスク
メリット
・事業拡大
買い手はM&Aにより、営業地域や顧客基盤の拡大、自社グループサービスの拡充が実現されます。また新たな地域への進出や、売り手が抱えている顧客への自社サービスの提供により、事業規模を拡大することができます。M&Aをした場合と、自ら新規出店・事業進出をした場合とをコスト面・手続き面等で比較検討し、普段からグループ戦略の一つとしてM&Aを選択肢に入れておくことが重要となり、グループ内の事業ポートフォリオの構成を検討する際には、M&Aを視野に入れておくべきだといえます。
・人材獲得
不動産仲介業においては、顧客との信頼関係が重要な要素となるため、優秀な人材の確保は、事業の成功に不可欠です。M&Aによって、経験豊富な従業員や地域に精通した従業員を獲得することで、顧客満足度を高め、競争力を強化することができます。
・ノウハウ・技術の取得
M&Aにより、新たなノウハウや技術を取得することができます。例えば、不動産テック企業を買収することで、最新のIT技術やノウハウを導入することができます。
リスク
・買収コストの負担
買収価格、デューデリジェンス費用、統合費用など、M&Aには多額の資金が必要となります。特に不動産仲介業は毎年の収益が見込みにくい側面があるため、買収価格の評価は慎重に行う必要があります。
・PMIの難しさ
買収後の統合プロセス(PMI)がスムーズに進まない可能性は否定できません。企業文化の違う会社がグループに入るため、企業風土や社内の雰囲気、人事評価制度や社内システムの運用方法等、PMIには様々な課題が伴います。PMIを成功させるためには、譲渡企業と買い手企業の双方が、文化や価値観の違いを理解し、尊重することが重要です。また、従業員間のコミュニケーションを促進し、一体感を醸成するための取り組みも重要です。
4. 不動産仲介業界特有のM&Aのポイント
・顧客情報の取り扱い
不動産仲介業は、顧客の個人情報や取引情報を多く保有しています。M&Aにおいては、個人情報保護法を遵守し、顧客情報の安全管理を徹底する必要があります。
・従業員の引き止めと維持
優秀な従業員の引き止め・維持は、M&A後の事業継続において重要な課題です。不動産仲介業において従業員(営業マン)は、売上構成を支える重要な要素となるのが一般的です。離職や業務意欲の低下を防止するために、給与や福利厚生などの処遇を改善したり、M&A後のキャリアパスを明確に示したりすることで、従業員のモチベーションを維持する必要があります。
・地域特性への配慮
不動産仲介業は、地域密着型のビジネスのため、M&Aにおいては、地域特性への配慮が重要となります。対象地域の不動産市場や顧客ニーズを把握し、地域社会との連携を強化することが、円滑な事業統合を進めることができます。具体的には、以下の点に注意する必要があります。
・地域特有の商習慣や慣習を尊重する。
・地域住民との良好な関係を構築する。
・地域貢献活動に積極的に参加する。
これらの点に配慮することで、M&A後の地域社会における信頼関係を維持し、円滑な事業統合を進めることができます。
不動産仲介業界におけるM&Aは、企業の成長戦略、あるいは事業承継の有効な手段となります。しかし、M&Aにはメリットだけでなく、リスクも存在します。M&Aを成功させるためには、売り手と買い手の双方が、メリット・リスクを理解し、適切なパートナーを選び、PMIを綿密に計画・実行することが重要となります。
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