建設業のM&Aで最初に論点になるのは、譲渡価格ではありません。建設業許可をそのまま引き継ぐことができるのかどうかです。許可が途切れれば無許可営業の状態になり、進行中の工事が止まり、公共工事の入札にも参加することができなくなります。実務でも、検討に入った段階でまずここが確認されます。
もうひとつ、建設業には他の業種と違う事情があります。自分から譲渡を決めた人より、大手や同業から先に話が来て困っている経営者のほうが多いのです。インターネット上の相談を見ても「M&A仲介業者の話では100%の株式譲渡を望んでるらしく大変困っております」「此方は素人なので弁護士や会計コンサル等を同席させたほうがいいのか分からずにいます」といった投稿が並びます。
この記事は、その「打診を受けた側」の順序で書いています。許可の実務と会社の評価については、それぞれ専門の記事に送りますので、ここでは全体の見取り図と、相手をどう見極めるかに絞ります。
建設業のM&Aとは|許可と人と実績をそのまま引き継ぐ取引
建設業のM&Aは、会社そのものを引き継ぐ取引です。引き継がれるのは資産や取引先だけではありません。建設業許可、有資格者、施工実績、協力会社との関係、そして経営事項審査の点数です。これらが揃って初めて、翌日から同じように工事を受注することができます。
製造業や小売業と比べたときの特徴は、この引き継ぎの多くが行政の手続きと結びついていることです。許可がなければ工事を請け負うことができません。営業所に技術者がいなければ許可の要件を満たしません。経営事項審査の点数が下がれば入札の格付けが落ちます。つまり、契約書に署名したあとの行政手続きが、そのまま事業の継続性に直結します。
実務では、ここを逆算して段取りを組みます。譲渡の条件を詰めるより前に、許可の要件を誰がどう満たすのかを決めておきます。これが建設業のM&Aの進め方です。

「建設業はM&Aしにくい」と言われる理由
インターネット上の相談にも「建設業・不動産業が合併やM&Aしにくいのはなぜですか」という質問が見られます。理由として挙げられることが多いのは、許認可の手続きが重いこと、工事の内容が会社ごとに違って比較しにくいこと、そして職人や協力会社との関係が属人的であることの3点です。
ただ、この認識は実態より少し古いものになっています。実際には設備工事業やリフォーム業を中心に取引は動いています。譲り受ける側が求めているのが、施工能力そのものだからです。職人が不足し、高齢化も進むなかで、人と協力会社のネットワークを時間をかけずに確保する方法としてM&Aが選ばれています。
実務上、譲渡が難しいと感じられる理由はもう少し具体的です。自社の工事内容が特殊なので、そもそも組む相手がいないのではないかという思い込みです。実際にそう考えていた経営者が、親和性のある相手を先に探してから判断するという進め方に切り替えたところ、検討を前向きに進めるようになった例があります。難しいのは取引そのものではなく、相手の探し方だったということになります。
譲渡を選ぶ理由は後継者不在だけではない
建設業のM&Aというと後継者不在の解決策として語られがちですが、現場で聞く理由はそれだけではありません。実務上多いのは次の3つです。
- 後継者が社内にも親族にもいない
- 経営者がまだ若く、早いうちに株式の整理を済ませておきたい
- 会社をさらに伸ばすために、大手の資本を入れて進めたい
3つ目は、廃業の回避とはまったく違う動機です。採用力や営業エリア、資金力を自社だけで積み上げるには時間がかかります。それを譲受企業の体力で補うという判断で、経営者がまだ現役のうちに動く例があります。
案件の規模や地域に偏りは見られません。業種としては設備工事業とリフォーム業が多く、いずれも業界の流れに沿って伸びている分野です。

建設業でM&Aの話が増えている背景
打診が増えているのには理由があります。譲り受ける側が抱えている事情と、譲渡する側が抱えている事情が、いまちょうど噛み合っています。
現場を担う人が足りていない
譲り受ける側の動機として最も大きいのが、施工を担う人材の確保です。職人の不足と高齢化が同時に進んでおり、採用と育成だけで現場の体制を厚くするには時間がかかりすぎます。
実務で聞くのは、協力会社のネットワークごと引き継ぎたいという話です。自社で一から関係を作ると数年単位の時間が必要になります。すでに回っている体制をそのまま引き継ぐほうが早いという判断で、同業からの打診が出てきます。
時間外労働の上限規制が効いている
2024年4月から、建設業にも時間外労働の上限規制が適用されています。それまで猶予されていた業種ですので、影響は現場の運用にそのまま出ました。
ひとりあたりの稼働で補っていた部分を、人数と仕組みで補う必要が生まれています。工程管理と原価管理をやり直し、外注の比率を見直し、受注する工事を選ぶという対応が要ります。これを単独で進めるのが難しいという理由から、資本を入れる選択肢を検討する会社が増えています。
許可と資格を維持し続ける負担
建設業許可は5年ごとに更新しなければ効力を失います(建設業法第3条3項)。経営事項審査も毎年の手続きが必要です。営業所ごとに要件を満たす技術者を置き続けることも求められます。
会社の規模が小さいほど、この維持が特定の人に集中します。社長本人が経営業務の管理と技術の両面を支えているという会社も珍しくありません。その人が退けば許可そのものが揺らぐという構造が、承継を先送りしにくくしています。

大手や同業から話が来たとき、何から確認するか
ここからが、上位の解説記事の多くが触れていない部分です。ほとんどの記事は「自分から譲渡すると決めた人」を前提に書かれています。けれども建設業で実際に多いのは、先に相手から話が来ている状態です。
打診を受けた経営者から相談をいただいたとき、実務でまず確認するのは相手の条件ではありません。
最初に確認するのは、社長自身が相手をどう見ているか
率直な印象から聞きます。その会社をどう思われますか、すでにトップ面談まで進んでいるなら実際に会ったときの印象はどうでしたか、という問いです。条件表を突き合わせる前に、この一往復を挟みます。
理由は単純です。M&Aは契約が終わったあとに、従業員が何年もその相手のもとで働くことになります。数字が合っていても、経営者自身が相手を信用できないまま進んだ取引は、統合後に必ず無理が出ます。逆に、印象が良いという感覚には、決算書に出てこない情報が含まれていることがあります。
このとき、譲り受ける側が口にする言葉にも注目します。実務では「人が大事なので」「従業員を大事にします」という言い方が、譲渡する側の経営者に強く響く場面をよく見ます。それが本気かどうかは、その後の条件交渉で人員や待遇をどう扱うかに表れます。
相手の資本力と、自社の課題が本当に解けるか
次に見るのは、相手の資本力と、一緒になったときの親和性です。親和性という言葉は曖昧に使われがちなので、実務では自社がいま抱えている課題に引き付けて確認します。
採用力が課題の会社であれば、人を本当に送ってもらえるのかを聞きます。公共工事のウェイトが高い会社であれば、民間工事の仕事を回してもらえるのかを聞きます。相手の売上規模や知名度ではなく、「うちの困りごとが、この相手と組むと解けるのか」という一点です。
オーナーがM&Aで実現したいことは会社ごとに違います。従業員の雇用を守りたい、事業をもっと伸ばしたい、個人保証から解放されたい、といったことです。それが実現する相手なのかを、条件の詰めに入る前に確かめます。
断ったほうがよい相手の見分け方

話を受けないほうがよいと判断する場合もあります。基準は相手の財務です。
実務では、譲り受ける側の決算書も確認します。現預金が少なく、借入金が重く、そのわりに売上も大きくないという状態であれば、一緒になってもかえって危ないのではないかという話をします。譲渡した後に相手の経営が傾けば、守りたかった従業員の雇用も、引き継いだはずの取引関係も揺らぎます。
譲り受ける側の財務を見るという発想は、譲渡する側にはあまりありません。相手が大手だから安心だという感覚で進めてしまう例もあります。少なくとも、直近数期の決算書を出してもらえるかどうかは確認しておくことをおすすめします。
打診を受けた段階でどこまで確認しておくべきかは、会社の状況によって変わります。判断に迷う場合は、条件を詰める前の段階でご相談ください。
100%の譲渡を求められたときに考えること
打診の場面で最も多い詰まりどころが、株式の割合です。譲り受ける側は原則として100%の取得を求めます。経営の意思決定を一本化しないと、投資として成立しにくいからです。
一方、譲渡する側には割り切れない事情があります。会社を完全に手放す実感が湧かないこともあれば、社内に育てたい人材がいることもあります。家族がまだ納得していないという例も珍しくありません。インターネット上の相談にも「身内が拒否反応を起こしていて困ってます」という声が見られます。
一部を従業員に残した例
100%を求められた案件で、一部の株式を従業員に持ってもらう形に落ち着いたことがあります。
社内に承継の候補となる従業員がいました。ただ、株式を買い取るだけの資金を個人で用意することは難しく、親族内承継や従業員承継の形では成立しません。本人にやる気はありました。そこで、将来の役員候補という位置づけでその方に一部の株式を持ってもらい、残りを譲受企業に譲渡しています。
決め手になったのは金額ではありませんでした。その従業員にモチベーションを持ってもらえること、中心にいる人材が離職するリスクを抑えられること、そして三者で一緒に未来を描くことができることでした。譲り受ける側にとっても、現場を回すことができる人材が残るのは利益になります。
100か0かで考えると交渉は硬直します。「誰に、何のために残すのか」を説明することができれば、割合の話は動く余地があります。
身内が反対しているときは、理由の整理から始める
家族や親族が反対しているという相談を受けることがあります。このとき、真正面から説得にかかることはしません。まず、なぜ反対しているのかを整理します。
会社がなくなってしまうと思っている場合もあれば、従業員が離職させられると思っている場合もあります。先代から引き継いだものを手放すことへの抵抗や、相続の取り分が変わることへの心配が理由になっていることもあります。理由が違えば、示すべき材料も変わります。
整理ができたら、「そのパターンだとこうなります」という形で、選択肢ごとの結末を順番に並べて出します。廃業した場合、親族内で承継した場合、第三者に譲渡した場合の3通りについて、それぞれで従業員がどうなり、資産がどう動くのかを見える形にします。反対している人が知りたいのは結論ではなく、その先に何が起きるのかです。

親族内や従業員への承継から、第三者への譲渡に切り替わるとき
もともとは親族内承継や従業員承継を考えていた経営者が、第三者への譲渡に切り替える例は少なくありません。
きっかけとして多いのは、そもそも別の選択肢を考えたことがなかったというものです。後継者候補が社内にいれば、まずその線で考えます。第三者に譲るという選択肢が検討の対象に入っていなかったというだけの話です。
検討を進めると、多くの場合で2つのネックが出てきます。ひとつは税金の問題です。もうひとつは資金調達の問題で、後継者候補の個人が株式を買い取る資金をどう用意するかという壁です。この2つが動かないまま時間だけが過ぎているという状態は、実務でよく見ます。
第三者への譲渡に切り替えると、条件面では2つのことが起こります。オーナーの手取りが増えること、そして会社の今後の成長戦略を描きやすくなることです。譲受企業の資本と人材を前提に計画を立てることができるようになるためです。
ただし、これは親族内承継や従業員承継が劣っているという話ではありません。後継者候補に資金調達の見通しが立ち、本人にその意思があるなら、社内で承継するほうが自然です。選択肢を並べたうえで比べることに意味があります。
譲渡する側と譲り受ける側、それぞれの利点と注意点
条件を検討する前に、双方が何を得て何を手放すのかを整理しておくと、交渉の論点が見えやすくなります。
譲渡する側にとっての利点
- 後継者がいなくても、許可と実績と雇用を残したまま会社を続けることができます
- 金融機関に差し入れている個人保証を、譲渡にあわせて外す交渉ができます
- 廃業の場合に生じる原状回復や重機・資材置き場の処分といった費用を避けることができます
- 譲受企業の資本と採用力を前提に、事業の計画を立て直すことができます
- 経営者自身の手取りが、社内承継の場合より大きくなることがあります
個人保証については、最終契約の条件として金融機関との調整まで進めておく必要があります。契約書に書いただけでは外れません。
譲渡する側が引き受けることになるもの
希望する金額に届かない可能性があります。決算書の内容によっては、条件が想定を下回る形で提示されることもあります。
会社の意思決定が自分のものではなくなるという感覚も、実際に大きい要素です。就業規則や経費の運用が譲受企業の基準に合わせられ、これまでのやり方が変わることもあります。譲渡した直後の1年ほどは、現場の運営を大きく変えないという取り決めを入れておくと、従業員の不安を抑えることができます。
譲り受ける側にとっての利点と注意点
譲り受ける側が得るのは、許可と有資格者と施工実績、そして協力会社との関係です。新しい地域に拠点を作るより早く、入札の格付けを含めて体制を引き継ぐことができます。
一方で注意しているのは、決算書に表れにくいリスクです。回収が滞っている売掛金、工事ごとの採算の実態、退職金や未払い賃金の扱いなどが該当します。精査の段階でこうした点が出てくると、条件が動くことがあります。譲渡する側としては、指摘される前に自社で把握しておくほうが交渉を進めやすくなります。
建設業のM&Aの進め方と、つまずきやすいところ

進め方そのものは他の業種と大きく変わりません。ただ、建設業では許可と経営事項審査の手続きが並走するため、順番を間違えると時間を失います。
相談から引き継ぎまでの流れ
- 相談と方針の整理(譲渡するかどうかも含めて検討します)
- 会社の状態の確認(決算書の内容、許可の要件を誰が満たしているかの確認)
- 譲り受ける候補の選定と打診
- トップ面談
- 基本合意
- 精査(デューデリジェンス)
- 最終契約と、許可・経営事項審査の手続き
- 従業員と取引先への説明、引き継ぎ
すでに打診を受けている場合は、1と2を飛ばして4以降から入ってしまいがちです。順番を戻して、自社の状態と希望の優先順位を先に決めてください。それがないまま条件の話に入ると、比較の基準を持てないまま判断することになります。
つまずきやすいところ
実務で時間を取られやすいのは次の3つです。
- 許可の要件を誰が満たすのかが決まっていないまま、契約の条件だけが先に進む
- 従業員や協力会社に伝えるタイミングを決めていないまま話が広がる
- 経営事項審査の手続きと、譲渡の実行日が重なる
3つ目は見落とされやすい点です。経営事項審査の結果は入札の格付けに直結しますので、手続きの時期と譲渡の実行日が重ならないよう、先にスケジュールを引いておく必要があります。
従業員への説明については、相手が決まる前に伝えるとかえって不安が広がります。譲り受ける相手の顔が見えてから、中心になる人材へ順に伝えていくという進め方が現実的です。
建設業のM&Aで建設業許可はどう引き継がれるか
許可の扱いは、どの手法で譲渡するかによって変わります。ここでは違いの骨格だけ押さえます。
株式譲渡の場合、会社そのものは変わりません。株主が入れ替わるだけですので、建設業許可はそのまま存続します。許可の承継手続きは発生しません。中小の建設会社のM&Aで株式譲渡が選ばれることが多い理由のひとつが、この扱いの軽さです。
事業譲渡の場合は別です。許可は自動的には移りません。建設業法は、あらかじめ認可を受けたときに限って、譲渡の日に建設業者としての地位が引き継がれる仕組みを定めています(建設業法第17条の2)。合併や分割で建設業の全部を承継させる場合も同じ考え方です。
注意が必要なのは、この認可の対象が「許可に係る建設業の全部」の譲渡であるという点です。特定の業種だけを切り出して譲渡する場合は、この規定の対象になりません。
手続きの期限は、一律には考えないでください。認可の取り扱いには管轄の都道府県による差があります。国土交通省の「建設業許可事務ガイドライン」と、各都道府県が出している「建設業許可の手引き」を先に確認しておくことをおすすめします。地域によって運用が異なるため、事前に窓口へ相談しておくことが実務上の要になります。
許可の要件は、譲り受ける側も満たしていなければなりません。経営業務の管理体制と営業所技術者の要件は、認可の審査でも確認されます。社長ひとりが要件を支えている会社では、この点が交渉の中心になります。
許可の承継手続きと人的要件の詳細については、こちらのコラムもおすすめです。
『建設業許可の承継手続き|株式譲渡と事業譲渡で何が変わるか』
会社の評価は何で決まるか

譲渡価格の目安としてよく使われるのは、時価純資産に営業利益の数年分を足す考え方です。ただ、建設業ではこの計算に乗ってこない要素が評価を大きく動かします。
実務で見られているのは、おおむね次の5つです。
- 有資格者の人数と、その資格の種類
- 経営事項審査の点数と、それに基づく入札の格付け
- 公共工事と民間工事の比率
- 協力会社のネットワーク
- 受注が仕組みとして回っているか、社長個人に依存していないか
このうち有資格者については、人数だけで語られることが多いのですが、実務では種類も見られます。譲り受ける側が求めているのが施工管理の担い手なのか、実際に施工する職人なのかによって、評価される資格が変わるためです。
決算書でどこから見るのか、経営事項審査の点数がどう効くのか、公共工事の比率は何割から見方が変わるのかといった評価の具体については、こちらのコラムもおすすめです。『建設業M&Aの相場と高額譲渡の秘訣|有資格者数が評価を左右する理由』
公共工事の比率が高い会社の評価軸は、また少し違います。入札の格付けと技術者の構成が中心になりますので、『公共工事M&Aの相場と戦略|入札ランクと技術者を「高く」譲渡する鉄則』もあわせてご覧ください。
工種別に見た、評価されるところの違い
建設業といっても、どの工事を主力にしているかで見られる点が変わります。自社に近いものからご覧ください。
公共工事・土木・舗装
入札の格付けと経営事項審査の点数が中心になります。技術者の資格と定着率、そして自社施工の能力がどこまであるかが問われます。
電気・空調・給排水・管工事
設備工事は、譲り受ける側の関心が最も高い分野です。保守やメンテナンスの契約を持っているかどうかが、評価を大きく動かします。
リフォーム・エクステリア
元請けとして施主から直接受注しているかどうかが見られます。集客の仕組みを持っている会社は、そのまま評価に表れます。
「今は譲らないほうがよい」と言われる状態
相談を受けたうえで、今は動かないほうがよいとお伝えすることがあります。株式に値段が付かない状態のときです。
過去の投資で財務が痛み、債務超過が続き、直近の利益も出ていないという状態です。ここで無理に相手を探しても、条件は整いません。買い叩かれる形になるか、そもそも手が挙がらないかのどちらかです。
このとき実務でお伝えするのは、財務を先に立て直すという順序です。直近期で利益が出るようになれば、債務超過は少しずつ緩和されていきます。黒字が続く状態を作ることができれば、譲り受ける側も出てきます。M&Aは、会社の状態が整っている時期に選択肢として使うほうが、結果として条件がよくなります。
なお、こうしたケースでその後どうなったかを断定できる段階にはまだありません。財務の改善には数年かかります。ここでお伝えできるのは、値段が付かない状態で急いでも良い結果になりにくい、という実務上の判断までです。
建設業のM&Aで多い案件と、実際に起きていること
支援の現場で多いのは、設備工事業とリフォーム業です。いずれも業界の流れに沿って需要が伸びている分野で、譲り受ける側の関心も高くなっています。
最近の案件で共通しているのは、会社の状態です。利益が出ていて、有資格者が在籍していて、工事の受注も安定しています。廃業寸前の会社を救うという構図より、しっかり回っている会社が次の形を選ぶという構図のほうが実態に近いです。
公表されている事例からも、同じ傾向を読み取ることができます。建設M&A支援センターが公開している譲渡企業のインタビューでは、きっかけとして年齢、後継者不足、採用難、資金繰りの4つが挙がっています。同社が公表している内装工事業の事例では、当初は知人への譲渡を検討したうえで、最終的に第三者への譲渡を選んでいます(出典:建設M&A支援センター)。
なお、大手の解説記事に並ぶ事例の多くは、上場企業による子会社化です。従業員が数名から数十名の会社にとっては、自社の話として読みにくい面があります。規模が近い取引の実態は、公表されにくいという事情もあります。

相談先の選び方
打診を受けた経営者から寄せられる不安で多いのが、誰に相談すればよいか分からないというものです。インターネット上の相談にも「こういう相談を誰にしたらいいのかもよくわかりません」という投稿が見られます。
相談先を比べるときの5つの軸
会社によって得意な領域が違いますので、次の軸で比べてみてください。
- 業種の理解:建設業許可、経営事項審査、入札の格付けが経営のどこに効くのかを説明することができるか
- 税務会計の一貫対応:譲渡価格だけでなく、手元に残る金額まで通して見ることができるか
- 手数料体系:着手金、中間金、成功報酬の内訳が事前に示されているか
- 秘密保持:従業員や取引先にいつ伝えるかを管理することができるか
- 譲渡後の伴走:条件がまとまったあとも関与が続くか
建設業の場合、最初の軸が特に効きます。許可の要件や経審の仕組みを知らない相手だと、手続きの順番を間違えたときに気づくことができません。
「譲らない」という結論も含めて相談することができるか
相談先を選ぶときにもうひとつ見ておきたいのが、譲らないという結論も一緒に検討してもらえるかどうかです。
前の章で書いたとおり、実務では今は動かないほうがよいとお伝えする場面があります。譲渡が唯一の答えではありません。社内に承継できる人がいるなら、その道を整えるほうがよい場合もあります。複数の選択肢を並べたうえで比べることができる相手かどうかは、最初の面談で確かめることができます。
譲渡ありきで話が進む、他社の批判から入る、割合や条件を早い段階で確定させようとする、といった進め方になっていないかを見ておくと、相手の姿勢が分かります。
設業のM&Aで当社がどのような支援をしているかは、建設/工事業M&Aのページにまとめています。
【まとめ】建設業のM&Aは、許可と人を止めずに渡せるかで決まる
建設業のM&Aで確認する順序は、価格ではありません。建設業許可を途切れさせずに引き継ぐことができるか、要件を満たす人を誰がどう用意するか、そして相手が自社の課題を解ける相手かどうかです。この3つが決まれば、条件の話は後から詰めることができます。
打診を受けている段階であれば、次の3つから手を付けてみてください。
- 自社の建設業許可について、経営業務の管理体制と営業所技術者の要件を誰が満たしているかを書き出す
- 相手の直近数期の決算書を出してもらえるかを確認する
- 譲渡で実現したいこと(雇用、成長、個人保証の解除、手取り)に順番を付ける
譲渡を考えている経営者の多くは、譲り渡した時点が終わりだと考えています。実際には、そこから新しい形で会社が続いていきます。引き継いだ後に何が起きるのかまで一緒に考えてくれる相手を選ぶことが、結果として条件にも表れます。
譲渡するかどうかを決める前の段階でも、選択肢の整理からお手伝いしています。
建設業のM&Aについてよくあるご質問
Q. 建設業のM&Aとは何ですか?
建設業のM&Aは、建設業許可、有資格者、施工実績、協力会社との関係をまとめて第三者に引き継ぐ取引です。株式譲渡で会社ごと引き継ぐ方法と、事業譲渡で事業の一部または全部を引き継ぐ方法があります。株式譲渡であれば会社は変わらないため建設業許可はそのまま存続し、事業譲渡の場合はあらかじめ認可を受けることで譲渡の日に地位を引き継ぐ仕組みが建設業法に定められています。
Q. 大手から譲渡の話が来たとき、まず何を確認すればよいですか?
最初に確認するのは、経営者自身が相手をどう感じているかです。そのうえで相手の資本力と、自社が抱えている課題が一緒になることで解けるのかを確かめます。採用力が課題なら人を送ってもらえるのか、公共工事の比率が高いなら民間工事を回してもらえるのか、という具体の形で聞きます。あわせて、譲り受ける側の直近数期の決算書を確認しておくことをおすすめします。
Q. 建設業のM&Aで建設業許可はそのまま引き継ぐことができますか?
株式譲渡であれば会社の法人格が変わらないため、建設業許可はそのまま存続します。事業譲渡、合併、分割で建設業の全部を承継させる場合は、あらかじめ国土交通大臣または都道府県知事の認可を受けることで、譲渡の日に建設業者としての地位を引き継ぐことができます(建設業法第17条の2)。認可の審査では譲り受ける側の要件も確認されますので、事前の準備が必要です。
Q. 建設業のM&Aの相場はどのくらいですか?
目安として使われるのは、時価純資産に営業利益の数年分を足す考え方です。ただし建設業では、有資格者の人数と種類、経営事項審査の点数、公共工事と民間工事の比率、協力会社のネットワークが評価を大きく動かします。譲り受ける側が複数集まる会社では価格が上がることもあり、決算書の数字だけで決まるわけではありません。
Q. 100%の譲渡を求められた場合、一部だけ譲渡することはできますか?
譲り受ける側は原則として100%の取得を求めますが、一部を残す形で成立した例もあります。社内に承継の候補となる従業員がいて、資金面で株式の買い取りが難しい場合に、将来の役員候補として一部の株式を持ってもらい、残りを譲渡した事例があります。誰に何のために残すのかを説明することができれば、割合について交渉の余地は生まれます。