基礎知識

M&Aとビジネス・ジャッジメント・ルール(経営判断原則)

はじめに

取締役は会社に対して善管注意義務を負っており、当該義務が果たされているか否かの重要な判断基準として、「経営判断原則」(ビジネス・ジャッジメント・ルール)があります。

もともと、米国の判例法のもとで醸成された判断基準であり、米国においては、裁判所は取締役が行った経営判断について基本的に事後介入しない考え方となっています。一方、我が国においては若干趣が異なり、「裁判所は判断の内容その他すべての事情を審査する」(1)こととなっています。

このような枠組みのもと、M&Aのように一般に高度な経営判断を下す場面において、具体的にどのような場合に善管注意義務が問われるのか、経営者として大枠は理解しておきたいところです。

今回のコラムでは、ビジネス・ジャッジメント・ルールが具体的にどのように運用されているか、また当該運用実態を踏まえ経営者としてはどのように対処すべきか、その主なポイントをお伝えしたいと思います。

 (1)神田秀樹著「会社法 第27版」2025年3月株式会社弘文堂 発行 p-255

重要判例/アパマンショップ事件の概要

重要な最高裁判例としてアパマンショップ事件があります。当該事件の事実関係(概要)は、以下のとおりです(2)。

「HD社は、機動的なグループ経営を図り、グループの競争力の強化を実現するため、完全子会社に主要事業を担わせ、HD社を持株会社とする事業再編計画を策定し、平成18年(2006年)5月ころ、同計画に沿って、関連会社の統合、再編を進めていた。A社については、HD社の完全子会社であるB社に合併して不動産賃貸管理業務等を含む事業を担わせることが計画された。」(3)(下記概念図参照)

【概念図】

【*1】ホールディング会社。A社株式6,630株(66.7%相当)を保有。A社含む傘下の子会社等をグループ企業として、不動産賃貸あっせんのFC(フランチャイズ)事業等を展開。連結ベースの規模感:総資産1,038億円、売上高 497億円、経常利益 43億円。(数値は2006年9月期の概数) なお、HD社及びグループ各社の全般的な経営方針等を協議する経営会議が設置されている。

【*2】備品付きマンスリーマンション事業等を展開。本事業再編検討(2006年)の約5年前(2001年)に設立。なお、発行済株式総数は9,940株。

【*3】A社設立時、FC加盟店等が株主として資本参加(払込金額1株5万円)。

【*4】HD社はA社とB社の合併を企図。なお、B社との合併に先立ち、HD社がその他株主から、その保有株式を買取り、A社の完全子会社化を図る。

上記概念図の①株式譲渡取引において、HD社は、A社設立時の1株当たり払込金額である5万円で買取りました(1.5%相当(150株)を保有する1社を除く「その他株主」全員から総額158百万円(=5万円×3,160株)で買取り、残った1社については株式交換によるスクイーズ・アウトを行い、完全子会社化。)。

一方で、当時HD社が依頼した監査法人等2社による算定書によれば、A社株式の1株当たり価額は、1社からは約1万円弱、もう1社からは約7千円弱から1万9千円程度のレンジとされていました。

HD社の株主からは、上記買取り価額(1株当たり5万円)が高すぎる、また、そもそも買取ではなく、株式交換の手法によることも十分可能であった等として、HD社の役員が訴えられたという事案です。

提訴後、第1審の東京地裁判決では株主側の請求棄却、第2審東京高裁では株主側勝訴の後、最高裁にまでもつれこみ、2010年7月に判決が下る、という経緯を辿りました。

(2)2010年7月最高裁判決文に基づき一部要約して記載。
(3)上記判決文に基づく。各当事者の呼称、( )内、及び下線は筆者。

最高裁判決のポイント

最終的に役員側が逆転勝訴という結果となりました。判決のポイントは以下のとおりです。少し長いですが、重要な要素が盛り込まれている一部について、引用します(下線、()内、箇条書きへの様式変更及びその番号は筆者)。

基本的な考え方:下記の内、特に①と③が重要です。

「本件取引(上記概念図の①株式譲渡)は、A社をB社に合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるというHD社のグループの事業再編計画の一環として、A社をHD社の完全子会社とする目的で行われたものであるところ、

このような事業再編計画の策定は,完全子会社とすることのメリットの評価を含め,将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。

②そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、HD社の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ

その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。」

上記の考え方の具体的な適用

この点につきましても、判決文の一部を抜粋させて頂きます(下線、各当事者の呼称、()内、箇条書き及びその番号は筆者)。特に下記③~⑥にご注目下さい。

「以上の見地からすると、

①HD社がA社の株式を任意の合意に基づいて買い取ることは、円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし、

②その買取価格についても、A社の設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば、払込金額である5万円を基準とすることには、一般的にみて相応の合理性がないわけではなく

③HD社以外のA社の株主にはHD社が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており、買取りを円満に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後におけるHD社及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや、

非上場株式であるA社の株式の評価額には相当の幅があり、事業再編の効果によるA社の企業価値の増加も期待できたことからすれば、株式交換に備えて算定されたA社の株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても、買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い

⑤そして、本件決定に至る過程においては、HD社及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも、何ら不合理な点は見当たらない

⑥以上によれば、本件決定についての上告人(HD社役員。以下、同様。)らの判断は,HD社の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、上告人らが、HD社の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。」

なお、そうは言っても、やはり株価が高すぎたのではないか、という印象が残るかもしれません。この点については、酌むべき事情があるようです。

FC加盟店である株主は、A社設立時に、HD社グループのビジネスパートナーとして株式も保有して欲しいとの要請を受け資本参加に至ったもので、当時の加盟店株主並びにA社設立を主導したHD社側の双方とも、払込金額を下回る譲渡は想定外のシナリオであり、もし、そのような譲渡を行えば、将来における事業協力を得られなくなるリスクもあったようです。そういった事情も斟酌し、上記の判決に至ったものと考えられます。

まとめ/上記判決要旨を踏まえた留意事項

このような判決が出たとはいえ、全てのM&A・再編案件について、同様の判断が為されるというわけではありません。

本判決は経営判断原則がどのように個別案件に適用されるのかについて、非常に参考となる考え方を示しているものの、あくまでもアパマンショップという事案固有のものである点、留意が必要です。

実績豊富なアドバイザー、弁護士・税理士等の外部専門家を適切に選定・起用し、あるべき検討プロセスをしっかりと組み立て、十分な準備とチーム体制のもと粛々と、時には慎重に、また時に一気呵成に、執り進めることが望まれます。

本コラムとの内容としては以上となります。

船井総研ではオーナー経営者様に寄り添って、総合的な経営判断としてセカンドオピニオンサービスも行っております。組織再編やM&A、事業承継全般に長けたM&Aコンサルタントが対応させていただきます。まずはお気軽にご相談ください。

また、M&Aに関して分かりやすくまとめたレポートを作成しております。御社とご経営者自身の今後の戦略立案にご活用いただければ幸いです。

事業承継・M&Aに関する基礎知識関連情報は、下記の記事をご参照ください。

1.M&A用語集
2.M&Aと税金
3.株式譲渡
4.株式交換
5.第3者割当増資
6.合併
7.M&A後の譲渡企業
8.M&Aの流れとスキームの種類
9.会社分割
10.事業譲渡

【本コラム参考文献】

・神田 秀樹 著 「会社法 第27版」 2025年3月 株式会社弘文堂 発行
・江頭 憲治郎 著 「株式会社法 第9版」 2024年4月 株式会社有斐閣 発行

石ケ森 英俊

(株)船井総研あがたFAS 公認会計士

公認会計士 日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)

アーサー・アンダーセン監査部門(朝日監査法人)及びコーポレートファイナンス部門、KPMG FAS、あがたグローバルコンサルティング、独立系投資銀行、自己資金投資会社 等を経て、2025年、船井総研あがたFASに参画。法定監査、IPO支援業務等に11年間従事した後、約25年間に亘り、M&Aアドバイザリー(FA業務)、事業再生アドバイザリー業務、中期事業計画策定等の財務コンサルティング、企業内研修講師業務 等に従事。

石ケ森 英俊

(株)船井総研あがたFAS 公認会計士

公認会計士 日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)

アーサー・アンダーセン監査部門(朝日監査法人)及びコーポレートファイナンス部門、KPMG FAS、あがたグローバルコンサルティング、独立系投資銀行、自己資金投資会社 等を経て、2025年、船井総研あがたFASに参画。法定監査、IPO支援業務等に11年間従事した後、約25年間に亘り、M&Aアドバイザリー(FA業務)、事業再生アドバイザリー業務、中期事業計画策定等の財務コンサルティング、企業内研修講師業務 等に従事。