この記事では、経営者にとって最大の関心事の一つである「役員退職金」について、適正な計算方法から、M&Aや事業承継と組み合わせることでオーナーの手取りを最大化する高度な戦略までを解説します。
読了後には、あなたの退職金がいくらになるかの目安と、税務調査で否認されないための具体的な防衛策が理解できるようになります。
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1. 役員退職金とは?経営者の「最後の手取り」を左右する重要資金
役員退職金とは、長年会社経営に従事してきた役員が退任する際に支給される金銭のことです。
一般従業員の退職金とは異なり、労働基準法などの法律による支払義務はありませんが、経営者にとってはリタイア後の生活を支える虎の子の資金となります。
さらに、事業承継やM&Aを検討している経営者にとっては、この退職金の設計次第で、会社に残る現金の額や、株式譲渡時の手取り額が数千万円単位で変わる可能性がある、極めて戦略的な資金でもあります。
一般的な給与・賞与との違いと税制メリット(退職所得控除)
役員退職金の最大のメリットは、給与や賞与に比べて圧倒的に税金が優遇されている点です。
通常の役員報酬は「給与所得」として最大約55%(所得税+住民税)の税率がかかりますが、退職金は「退職所得」として扱われます。
退職所得には以下の強力な優遇措置があります。
- 退職所得控除: 勤続年数に応じて非課税枠が与えられます(例:勤続20年なら800万円、30年なら1,500万円)。
- 1/2課税: 控除額を引いた残りの金額をさらに「半分」にしてから税率を掛けます。
- 分離課税: 他の所得(給与や不動産所得など)と合算されず、退職金単独で税率計算されるため、累進課税の影響を受けにくくなります。
このため、役員報酬を増額して老後資金を貯めるよりも、退職金として一括で受け取る方が、手元に残るお金は確実に多くなります。
2. 役員退職金の計算方法:適正額を算出する2つの計算式

功績倍率法による役員退職金の計算式
役員退職金の金額には法律上の上限はありませんが、税務上「不相当に高額」と判断された部分は、会社の経費(損金)として認められません。
そこで実務上、最も広く使われている計算式が「功績倍率法」です。
役員退職金 = 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率
最終報酬月額: 退任時の月額役員報酬です。
役員在任年数: 役員として登記されていた期間です。
功績倍率: その役職の責任の重さに応じた係数です。
この式で算出された金額であれば、税務署からも「同業他社と比較して妥当である」と認められやすい傾向にあります。
功績倍率法が適さないケース:「1年当たり平均額法」の採用
広く用いられている功績倍率法ですが、すべてのケースに対応できるような万能な計算方法ではなく、役員退職金の算出において全く適さないケースがあります。
例えば、役員の功績を最終報酬月額が適正に反映していない場合には使えません。
そのような特殊なケースで採用を検討するのが「1年当たり平均額法」です。
功績倍率法が適さない典型例
報酬がゼロ(無報酬)または著しく低額な役員
〇M&A対象企業の非常勤取締役など、会社への貢献はあるものの、様々な事情で報酬を受け取っていなかった役員。
〇この場合、功績倍率法では退職金が0円または不当に低い金額になってしまいます。
「1年当たり平均額法」による計算
<計算の考え方>
同業種・同規模の法人の「勤続年数1年当たりの平均退職金額」を調査します。
その平均額に、退職する役員の勤続年数を掛けて、妥当な退職金額を算出します。
【実務上の最重要ポイント】「貢献度」の客観的証明が鍵
裁判例(札幌地裁S58.5.27判決など)でも、単に「報酬が低いから」という理由だけでの採用は認められていません。
「役員の会社への貢献度に比して、最終報酬月額が不当に低い」という客観的な事実(例:創業メンバーとしての功労、特定の取引先との関係構築など)を説明できるかが、この方法を採用する上での生命線となります。
【シミュレーション】功績倍率法による「勤続20年・最終報酬月額100万円」のケース

では、実際にどれくらい税金がお得なのか計算してみましょう。
今回は広く使われている「功績倍率法」を用いてシミュレーションします。
【条件】
最終報酬月額:100万円
在任年数:20年
功績倍率:3.0倍(社長)
【退職金支給額】
100万円 × 20年 × 3.0 = 6,000万円
【税金計算】
退職所得控除額: 40万円 × 20年 = 800万円
課税退職所得金額: (6,000万円 - 800万円) × 1/2 = 2,600万円
所得税・住民税(概算): 約1,100万円
【手取り額】
6,000万円 - 1,100万円 = 約4,900万円
もし6,000万円を役員報酬(給与)として受け取った場合、税金で半分近く(約3,000万円)持っていかれる可能性があるため、退職金がいかに有利かがわかります。
3. M&Aと役員退職金の「ハイブリッド活用」で手取りを最大化する

ここからは、多くの教科書には載っていない、M&Aの現場で使われるプロのテクニックをお伝えします。
会社を譲渡(M&A)する場合、「株式を売却して終わり」と考えていませんか?実は、「退職金」と「株式譲渡」を組み合わせることで、オーナーの手取りを最大化できるケースがあります。
株式譲渡だけで終わらせない!退職金を組み合わせて税率を下げる裏技
M&Aで株式を売却した場合、売却益に対して約20%(所得税+住民税)の税金がかかります。
これはこれで低い税率ですが、先ほど説明した通り、退職金の実効税率はさらに低い場合があります(控除+1/2課税のため)。
そこで、譲渡代金のすべてを「株式の対価」として受け取るのではなく、その一部を「役員退職金」として受け取るのです。
例えば、企業価値が1億円の会社があるとします。
パターンA(全額株式譲渡): 1億円で売却 × 税率20% = 税金2,000万円(手取り8,000万円)
パターンB(退職金+株式譲渡): 退職金6,000万円(税金安) + 株式譲渡4,000万円(税率20%)
パターンBの方が、退職金の税制優遇をフル活用できるため、トータルの手取り額が増えるケースが多いのです。
【ご注意】
本シミュレーションは、一定の前提条件に基づいた概算(試算)であり、将来の結果を保証するものではありません。実際の数値は、諸条件の変動により大きく異なる場合があります。あくまで目安としてご参照ください。
退職金支給による自社株評価の引き下げと節税メリット

ここまでの内容をまとめるとオーナー企業の事業承継やM&Aにおいて、退職金の活用は税負担を軽減するための重要な検討事項となります。主なメリットとして以下の点が挙げられます。
1. 贈与税負担の軽減と一族のキャッシュアウト抑制
現オーナーが株式贈与の前に退職金を受け取ることにより、会社の利益や純資産が減少するため、結果として株式評価額を引き下げることが可能です。これにより、後継者に課される贈与税額が抑えられ、一族全体としてのキャッシュアウトを減らすことにつながります。
2. オーナー個人の所得税負担の軽減
退職金は所得税法上の優遇措置があるため、役員報酬や配当として資金を受け取る場合に比べて、現オーナー個人の税負担が軽くなるメリットがあります。
受贈者(後継者)側は、会社から支払われる退職金によって会社保有の現預金が減るため、直接的な資金の引き出しは制限されます。しかし、前述の通り贈与税の自己負担額が減少するため、結果として現オーナーと受贈者の双方にとってメリットが生じます。
3. M&Aにおける売主の税負担軽減
M&Aのスキームにおいても、退職金を活用することで、売主側(オーナー)の税負担を軽減できる場合があります。
オーナーの手元資金(キャッシュ)を最大化する具体的ステップ

このスキームを実現するための手順は以下の通りです。
企業価値評価: 自社の適正な売却価格を算定する。
退職金試算: 功績倍率法を用いて、損金算入可能な退職金上限額を計算する。
M&A交渉: 譲受企業候補に対し、「退職金支給後の株式譲渡」を条件として提示する。
クロージング: M&A成立直前に退職金を支給し、企業価値を下げた状態で株式を譲渡する。
ただし、会社の現預金が不足している場合は実行できないため、内部留保の積み増しや、場合によっては譲受企業からの資金援助を含めたスキーム調整が必要になります。
4. 税務調査で否認されないための「実質的退職」の境界線
退職金を支給する上で最も怖いのが、税務調査による「否認」です。
特に、オーナー社長が退任後も「会長」や「顧問」として会社に残る場合、税務署は目を光らせます。
「辞めたはず」が認められない?税務署が見るNG行動リスト
税務上、退職金が認められるためには「実質的に経営から退いていること」が条件です。
もし以下のような行動をとっていると、「名前が変わっただけで実態は経営者だ」とみなされ、退職金の経費計上が否認されるリスクがあります。
- NG行動1: 取締役会に出席し、発言・決議に参加している。
- NG行動2: 銀行との融資交渉や資金繰りの指示を行っている。
- NG行動3: 採用面接を行い、合否の決定権を持っている。
- NG行動4: 重要な取引先との契約交渉に同席し、条件決定に関与している。

形式だけの退任は危険!経営への関与度合いとリスク
「非常勤顧問」という肩書きであっても、実態として経営の重要事項に関与していればアウトです。
常勤性: 週に何回出社しているか?専用の個室があるか?
報酬額: 顧問報酬が高すぎないか?(現役時代と変わらない額だと危険)
退職金を確実に受け取るためには、退任後は経営の第一線から完全に身を引き、後継者に全てを委ねる覚悟が必要です。
「心配だから口を出したい」という親心が、税務上の命取りになることを忘れないでください。
5. 役員退職金支給の前に片付けるべき「株主・株式」の問題
最後に、意外と見落とされがちな「株式」の問題について触れます。退職金支給やM&Aを進める前に、必ず確認すべきことがあります。
「株券が見つからない」は致命傷!M&A前の必須確認事項
特に歴史の長い会社でよくあるのが、「株券発行会社なのに、株券が手元にない」というケースです。
M&Aを行う際、株券そのものがなければ株式を譲渡することができません。
「金庫のどこかにあるはず」と思っていても、紛失していれば再発行の手続きが必要となり、案件が数ヶ月遅れる原因になります。
また、そもそも株券を発行しているかどうかが不明な場合は、会社の登記簿謄本を確認してください。
「株券を発行する」旨の記載があれば、現物の有無を今すぐ確認しましょう。

名義株や分散した株主の集約(自己株式取得とみなし配当)
「創業時に名前だけ貸してもらった親戚」や「既に退職した元役員」が株主名簿に残っていませんか?
M&Aでは原則として全株式を譲渡する必要があるため、連絡のつかない株主がいると致命的です。
退職金支給の準備と並行して、こうした少数株主から株式を買い取り(自己株式取得など)、株主をオーナー一族に集約しておくことが不可欠です。
ただし、自己株式取得の際には「みなし配当」という別の税務リスクが発生するため、必ず専門家の指導の下で進めてください。
6. 【まとめ】役員退職金は「辞めるため」ではなく「次につなぐ」ための戦略資金
役員退職金は、単なる「ご苦労賃」ではありません。
- 手取り最大化: 退職所得控除を活用し、税金を合法的に圧縮する。
- M&A戦略: 企業価値を調整し、譲受企業との交渉を有利に進める。
- 事業承継: 自社株評価を下げ、後継者への株式移転コストを下げる。
このように、退職金は会社の未来を決定づける戦略的なツールです。
しかし、功績倍率の設定や実質的退職の判定、株主の整理など、一つ間違えれば税務否認やM&A破談のリスクを招きます。
あなたの会社にとって最適な退職金設計と、円滑な事業承継を実現するために、まずはM&A・事業承継に特化した専門家へご相談ください。
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役員退職金についてよくあるご質問
Q1. 役員退職金は何年働けばもらえますか?
A. 法律上の決まりはありませんが、一般的には在任3年以上を目安とするケースが多いです。短期間すぎると税務署から「不相当」と判断されるリスクがあります。
Q2. 会社にお金がない場合、退職金はどうすればいいですか?
A. 役員貸付金の放棄や、現物支給(不動産や有価証券)、またはM&Aで譲受企業企業から資金援助を受けるなどの方法で対応できる場合があります。
Q3. 退職金を分割で受け取ることはできますか?
A. 可能です。ただし、長期間の分割払いは「退職年金」とみなされ、税制優遇(退職所得控除)が受けられず、雑所得として課税されるリスクがあるため注意が必要です。
Q4. 功績倍率3.0倍以上は絶対に認められませんか?
A. 絶対ではありません。「創業以来の著しい功績」などを客観的に証明できれば認められる可能性はありますが、税務リスクが高まるため専門家の意見書などが必要です。
Q5. 役員退職金規程は必ず作らないといけませんか?
A. 義務ではありませんが、作成を強く推奨します。規程がないと、株主総会での恣意的な決定とみなされ、損金算入が否認される原因となります。