この記事では、M&Aや事業承継における「株価算定」の基礎知識から、計算式だけでは語れない実務的な「調整テクニック」、そしてオーナーの手取りを最大化するための税務スキームについて解説します。
読了後には、自社の価値を正しく評価し、賢く売却するための戦略が理解できるようになります。
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1. そもそも株価算定とは? M&Aや事業承継で「会社の値段」を決める重要工程
M&Aや事業承継を検討し始めた経営者にとって、最初にぶつかる壁が「自分の会社は一体いくらで売れるのか?」という疑問です。
株価算定とは、決算書の数字や将来の事業計画をもとに、会社の「経済的な価値」を金額として算出する工程を指します。
しかし、ここで多くの経営者が誤解しているのが、「株価算定で出た金額=売却金額」だと思い込んでしまうことです。
実際には、算定額はあくまで「交渉のたたき台」に過ぎません。ここから、譲受企業との交渉、リスクの調整、そして税務戦略を経て、最終的な着地金額が決まるのです。
まずは、株価算定が持つ意味と、M&Aにおける位置づけを正しく理解しましょう。
M&Aの基本的な流れについてより詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
「株価」には2つの顔がある:税務上の株価とM&Aの経済的価値
「顧問税理士に株価を出してもらったら、思ったより低かった(あるいは高かった)」という経験はありませんか?
実は、非上場企業の株価には、全く異なる「2つの顔」があります。
税務上の株価(財産評価基本通達ベース)
- 目的: 相続税や贈与税を計算するため。
- 特徴: 国税庁のルールに従って画一的に計算される。一般的に、利益が出ていても低く抑えられる傾向がある(税負担を減らすため)。
- 使う場面: 親族内承継、相続。
M&Aの株価(時価・経済的価値)
- 目的: 第三者に会社を売却・譲渡するため。
- 特徴: 会社の「収益力(稼ぐ力)」や「将来性」、「無形資産(ブランド・技術)」を加味して計算される。税務上の株価より高くなることが多い。
- 使う場面: M&A、第三者割当増資。
M&Aで売りたいのに、税務上の低い株価を基準にしてしまっては、みすみす損をすることになります。
逆に、相続対策なのにM&Aの時価を使っては、税金が跳ね上がります。
「何のための株価算定か」を明確に区別することが、第一歩です。
非上場株式の評価が難しい理由:市場価格がない中での「納得感」の作り方
上場企業であれば、スマホを見れば「今日の株価」が一瞬で分かります。
しかし、非上場企業には市場(マーケット)がありません。つまり、「絶対的な正解」が存在しないのです。
極端な話、譲渡企業が「10億円だ」と言い、譲受企業が「その通りだ」と言えば、それが株価になります。
しかし、現実には譲受企業も投資対効果をシビアに見極めます。
そこで重要になるのが、「納得感(腹落ち感)」の醸成です。
「なぜこの価格なのか?」という根拠を、客観的な計算ロジック(後述する3つのアプローチ)と、定性的な強み(技術力、顧客基盤など)の両面から積み上げ、譲受企業にプレゼンテーションする。
これがM&Aにおける株価算定の本質です。
算定だけでは不十分?「手取り額」を最大化する視点
株価算定で「5億円」という評価が出たとしましょう。
しかし、経営者であるあなたが本当に気にすべきは、「5億円で売れること」ではなく、「税金を払った後、銀行口座にいくら残るか」ではないでしょうか?
株式譲渡の場合、売却益に対して約20%の税金がかかります。
しかし、受け取り方を工夫するだけで、この税負担を大幅に減らせる場合があります。
「会社を高く売る」ことと同じくらい、「手取りをどう増やすか」という出口戦略(Tax Planning)が重要なのです。
この視点が抜けていると、契約額は高くても、実入りは少ないという結果になりかねません。
2. 非上場企業の株価計算方法(バリュエーション)の3大アプローチ

M&Aの現場で使われる企業価値評価(バリュエーション)の手法は、大きく3つのアプローチに分類されます。
それぞれの特徴を理解し、自社の状況に合った手法(あるいは組み合わせ)を選ぶことが大切です。
企業価値評価(バリュエーション)の種類や計算方法についてより詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
コストアプローチ(純資産法):会社の「資産」に着目する堅実な手法
会社の「持っている資産」から価値を算出する、最も基礎的なアプローチです。
時価純資産法: 貸借対照表の資産・負債を「時価」に評価し直して、純資産額(資産-負債)を算出します。不動産や有価証券の含み益を反映できるため、中小企業のM&Aでは最も基礎的な指標として使われます。
簿価純資産法: 決算書の数字(簿価)をそのまま使う方法ですが、実態とかけ離れることが多いため、M&Aの実務ではあまり使われません。
メリット: 計算が客観的で分かりやすい。
デメリット: 「将来の稼ぐ力」や「ブランド価値」が反映されにくい。
マーケットアプローチ(類似会社比準法):ライバル企業の株価と比較する客観的手法
上場している同業他社(類似会社)の株価や財務指標を参考にして、自社の価値を割り出す方法です。
「類似会社比準法(マルチプル法)」では、類似企業の「EBITDA(営業利益+減価償却費)」の倍率(EV/EBITDA倍率)などを用いて計算します。
「あの上場企業が利益の10倍で評価されているから、うちも利益の10倍くらいの価値があるだろう」という考え方です。
メリット: 市場のトレンドや客観的な相場観を反映できる。
デメリット: そもそもビジネスモデルが似ている上場企業が見つからない場合(ニッチ産業など)は使いにくい。
インカムアプローチ(DCF法・配当還元法):会社の「稼ぐ力(将来性)」を現在価値にする手法
会社が将来生み出すキャッシュフローや利益を予測し、それを現在の価値に割り引いて算出する方法です。
DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法): 事業計画に基づき、将来のフリーキャッシュフローを現在価値に換算します。
将来の成長性を最もダイレクトに反映できるため、M&Aでは非常に重視されます。
配当還元法: 配当金額をもとに逆算する方法ですが、配当政策に左右されるため、M&Aよりは少数株主からの買取などで使われます。
メリット: 将来性やのれん(無形資産)を価値に織り込める。
デメリット: 事業計画の精度に大きく依存するため、計画が非現実的だと評価額も絵に描いた餅になる。
3.節税企業でも高く売れる?「正常収益力」への修正プロセス

中小企業の多くは、合法的な範囲で節税対策を行っています。
そのため、決算書上の利益は、本来の実力よりも低くなっていることがほとんどです。
この決算書をそのまま使って株価算定をすると、不当に安い評価になってしまいます。
そこで行われるのが、「正常収益力(実態収益力)」への修正です。
決算書の数字はそのまま使わない:M&A特有の「足し戻し」とは
正常収益力とは、「もし節税対策や特殊な事情がなかったら、この会社はいくら稼いでいるのか?」という真の実力を示す数字です。
M&Aの算定実務では、決算書の営業利益に対して、節税のために計上した経費などをプラス(足し戻し)する調整を行います。
この「足し戻し」こそが、株価を適正な水準まで引き上げるための最重要プロセスです。
役員報酬や私的経費の調整:オーナーの節税努力を「利益」として再評価する
具体的にどのような項目が足し戻しの対象になるのでしょうか?
- 過大な役員報酬: 次のオーナー(譲受企業)が経営する場合、社長の給与は相場並み(例:年収1,000万円~1,500万円)で済むかもしれません。現オーナーが3,000万円取っていれば、差額の1,500万円~2,000万円は利益として足し戻せます。
- 生命保険料: 役員退職金のための保険料などは、節税目的の支出であり、事業運営に必須ではありません。これも全額足し戻せます。
- 私的な経費: 社長個人の車、交際費、家族への給与など、事業と直接関係のない支出も利益とみなします。
- 一過性の損失: たまたま発生した災害損失や、特別退職金なども、毎期出るものではないため除外(足し戻し)します。
これらを丁寧に拾い上げることで、決算書では「利益1,000万円」の会社が、実態は「利益5,000万円」と評価されることも珍しくありません。
譲受企業が見ているのは「買収後に再現できる利益」
ただし、何でもかんでも足し戻せば良いわけではありません。
譲受企業が見ているのは、「自分が会社を買収した後も、その利益が出るか(再現性があるか)」という点です。
例えば、「社長の個人的な人脈だけで取れている売上」にかかる経費を足し戻そうとすると、「社長がいなくなったら売上も消えるのでは?」と反論されます。
足し戻しを行う際は、「この経費は事業継続に不要である」という明確な根拠を用意することが必要です。
4.「株価=売却額」ではない!退職金を活用した手取り最大化スキーム
会社の価値が適正に評価されたとしても、それをどう受け取るかで、手残りの金額は大きく変わります。
ここで登場するのが、M&Aの現場でよく使われる「株式譲渡」と「役員退職金」を組み合わせるスキームです。
M&A税務に詳しい税理士・多賀谷氏の解説をもとに、その仕組みを紐解きます。
退職金を活用したM&Aスキームや税務についてより詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
株式譲渡だけで受け取ると損をする? 税率20%と累進課税の分岐点
株式譲渡による利益(譲渡益)には、一律で約20%(所得税+住民税)の税金がかかります。
10億円で売れれば、約2億円が税金、手取りは8億円です。
非常にシンプルですが、これだけが正解ではありません。
役員退職金として受け取る場合、税率は総合課税(累進課税)となり、最大で約55%になります。
一見すると退職金の方が損に見えますが、実は強力な「控除」の仕組みがあります。
「退職金」として受け取るメリット:税負担が約半分になる仕組み

退職金には、以下の2つの大きな優遇があります。
退職所得控除: 勤続年数が長いほど、非課税枠が大きくなります(例:勤続20年なら800万円、30年なら1,500万円など)。
2分の1課税: 控除を引いた残りの金額を、さらに「半分」にしてから税率をかけます。
この「2分の1」の効果は絶大です。
退職金には「退職所得控除」が適用されるだけでなく、控除後の金額をさらに半分(2分の1)にした上で累進課税が課されるという、極めて手厚い税務上のメリットがあります。
そのため、役員報酬や配当といった他の所得と、この退職金を最適に組み合わせることで、オーナー経営者の手元に残る現金を最大化できるケースが多々見受けられます。
例えば、譲渡代金の一部を退職金として受け取ることで、実質的な税率を20%以下に抑えられるケースがあるのです。
譲受企業にとってもメリットあり:キャッシュアウトを抑えWin-Winを作る交渉術
このスキームの優れた点は、譲受企業にとってもメリットがあることです。
例えば、企業価値が1億円の会社があるとします。
全額株式譲渡の場合: 譲受企業は1億円を用意して株式を買う必要があります。
退職金併用の場合: 譲受企業は会社の中に貯まっている現預金から退職金(例:6,000万円)をオーナーに支払ってもらい、残りの価値(4,000万円)で株式を買います。
譲受企業からすれば、持ち出しのキャッシュ(買収資金)を4,000万円に抑えることができます。
譲受企業にとっても買収金額を抑えることができるので、譲渡企業譲受企業双方にとってメリットがあるといえます。
このように、税務知識を駆使することで、譲渡企業の手取りを増やしつつ、譲受企業の負担も減らすWin-Winの交渉が可能になるのです。
5. M&Aの株価算定における注意点とリスク管理

株価算定は数字遊びではありません。
どれだけ素晴らしい算定書ができても、法務や税務の落とし穴があれば、M&Aは瞬時に破談になります。
株券がない?名義株がある? 算定以前にクリアすべき法務リスク
歴史の長い中小企業でよくあるのが、「株券が見つからない」「名義だけの株主がいる」という問題です。
昔は株券の発行が義務でしたが、実際には発行していなかったり、金庫の奥に眠って紛失していたりすることがあります。
また、親戚や友人の名前を借りた「名義株」が残っていると、いざ売却という段階で「その株は私のものだ」と権利を主張され、トラブルになるケースがあります。
株券発行会社において、株券の占有者は法的に正当な権利者と推定されるため、現物が所在不明である状態は極めて不安定なリスクを孕んでいます。
将来的なM&Aを視野に入れるのであれば、まずは所在を明確にし、株主構成を適正に集約しておくことが、スムーズな株式譲渡を実現するための不可欠な前提条件となります。
株価算定と並行して、株主名簿の整備と株券の確認は必ず行いましょう。
過大な役員退職金は否認される? 税務調査をクリアする「功績倍率」の壁
先ほど紹介した「退職金スキーム」ですが、いくらでも払えるわけではありません。
「同業他社の平均」や「功績倍率(最終報酬月額×勤続年数×倍率)」という基準を超えて過大な退職金を払うと、税務調査で否認される(会社の経費として認められない)リスクがあります。
「同業他社の平均が仮に1億円だったとした場合に、2億円の退職金を払っていれば、その超えた分の1億円は否認されるリスクが残るんですね。(多賀谷氏)」
この「適正額」の判断には専門的なデータが必要です。欲張りすぎず、税理士と相談して安全圏内で設定することが重要です。
セカンドオピニオンの重要性:1社の算定額を鵜呑みにしない
M&A仲介会社や譲受企業企業が提示してくる株価算定額は、彼らの「ポジション」によって歪められている可能性があります。
譲受企業は安く買いたいですし、仲介会社は(安くしてでも)早く成約させたいと考えるかもしれません。
一生に一度の会社売却で後悔しないためには、必ず複数の専門家に算定を依頼し、セカンドオピニオンを得るようにしてください。
6. 【まとめ】株価算定はあくまでスタート。手取りを増やす戦略は専門家と共に
株価算定は、あなたの会社が積み上げてきた歴史と努力を、客観的な数値に変える重要なプロセスです。
しかし、算出された数字はあくまで「素材」に過ぎません。そこから「正常収益力の調整」を行い、「退職金スキーム」などの税務戦略を組み合わせることで、初めてオーナーの手元に残るお金を最大化することができます。
M&Aで成功する経営者は、単に「高く売れる会社」を作った人ではなく、「賢く売る準備」をした人です。
M&Aの税務や法務は非常に複雑であり、自己判断は危険です。
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株価算定についてよくあるご質問
Q. 赤字決算の会社でも株価はつきますか?
A. はい、つきます。M&Aでは「正常収益力」を見るため、役員報酬や一時的な損失を足し戻すことで黒字評価になるケースが多くあります。また純資産に価値があれば評価されます。
Q. 税理士が出した株価とM&Aの株価が違うのはなぜですか?
A. 目的が違うからです。税理士が出すのは「相続税評価額」で低くなる傾向がありますが、M&Aは「時価(経済的価値)」で評価するため、将来性を含み高くなる傾向があります。
Q. 役員退職金はいくらまでなら税務署に否認されませんか?
A. 「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」が目安です。功績倍率は役職や業種によりますが、社長なら一般的に2.0〜3.0倍程度が妥当とされることが多いです。
Q. 株券が見つからない場合、M&Aはできませんか?
A. そのままではできませんが、公告手続きや株主名簿の整備を行うことで解決可能です。M&Aのデューデリジェンス前に、司法書士等の専門家へ相談し対策を行う必要があります。
Q. 株価算定にはどれくらいの期間と費用がかかりますか?
A. 簡易算定なら無料〜数十万円で数日程度です。しかし、M&A実務用の詳細な算定(バリュエーションレポート)は、規模により数十万〜数百万円、期間は2週間〜1ヶ月程度かかります。