塾のM&Aとは、塾の経営権を第三者へ引き継ぐことで、後継者不在を解消したり、校舎数を一気に増やしたりする手段です。
価格は年倍法、つまり「営業利益の約3年分+時価純資産」を軸に決まり、一教室から数教室の規模では営業権が営業利益の約3倍になるケースが多くあります。
相談から成約までは知り合い同士のマッチングなら半年程度、一般的には6か月から1年が目安です。譲渡する側は廃塾を避けて生徒と講師を守れて、引き継ぐ側は立地・生徒・指導ノウハウをまとめて手にできます。
塾の現場を20件以上支援してきた経験から言えるのは、塾のM&Aの成否は「数字を整える準備」と「人をどう引き継ぐか」で大半が決まるということです。
本記事では、価格の算定、譲渡の流れ、塾ならではのデューデリジェンス、引き継ぐ側の動き方まで、実務で起きる論点に絞って整理します。
経営の正解は、一つではありません。 まずは出口戦略の『選択肢』を可視化する診断ツールを手に取り、 次なるステージへの展望を具体化する準備を始めてください。 プロの目利きで自社の『真価』を知ること。それが、後悔のない決断への第一歩です。

塾業界のM&Aが増えている3つの背景
塾業界のM&Aの相談件数は、ここ数年で目に見えて増えています。今後さらに増えると現場では見ています。背景には、後継者不足・収益環境の悪化・自前出店の難しさという3つの構造変化があります。
少子化で生徒数が減り続ける構造的な問題
子どもの数が減れば、通塾人口も減ります。これは塾業界が逃れられない前提です。
加えて、物価高で家計の教育費負担が重くなり、塾どうしの寡占化も進んでいます。
そのため、同じやり方を続けるだけでは利益が下がり続ける、というのが多くの塾が直面している現実です。
地域差も無視できません。今は生徒が集まっていても、5年後に子どもの数が半分になるようなエリアでは、将来の収益見通しが大きく変わります。
だからこそ、デューデリジェンスでも、対象塾が立地するエリアの将来人口は必ず確認する論点になります。とりわけ地方都市ほど、この数字が評価に大きく影響します。
タイミングについては、できるだけ早く動き出すほうがよいといえます。
業界全体がダウントレンドにある中で先送りすると、譲渡を考える塾が増えて売り物件が市場にあふれ、相対的に一塾あたりの価値が下がっていきます。
後継者が見つからない個人塾・中小塾の現実
1980年代から90年代の塾ブームで開業した世代が、今ちょうど60代から70代にさしかかっています。創業者が引退を意識する年齢に一斉に達したことが、後継者問題を一気に表面化させました。
承継の形は3つに分かれます。
まず従業員への承継はあまり多くありません。次に親族内承継は本人が望んでも子に断られるケースが多く、そもそもオーナー経営者から2代目への引き継ぎはかなり難しいのが実情です。
実際、創業者の牽引力で回してきた塾は、現場が2代目についてこないことが起きます。
3代目ならまた事情は変わりますが、1代目から2代目はうまくいかないことが多いといえます。
こうして、塾業界では第三者への承継が選ばれやすくなっています。
M&Aに踏み切る理由は、ほとんどが後継者不足です。「グループに入ってさらに伸ばしたい」という前向きな動機よりも、引退を前提とした承継が大半を占めます。
大手・異業種が地域塾を引き継ぐ動きが加速している
引き継ぐ側の中心は、塾事業者による水平統合です。
同じ塾を運営する会社が、近隣エリアの塾を引き継いで規模を広げていきます。
これが塾のM&Aで最も多いパターンです。
一方で、異業種からの新規参入は、塾の経営が外から見えづらいこともあって、それほど多くはありません。
自前で新しい校舎を立ち上げる難易度が上がったことも、引き継ぐ側を後押ししています。
新規開校は収支ラインに乗るまで昔より相当時間がかかるようになりました。
そのため、出店で規模を広げたい会社にとっては、既存塾を引き継ぐほうが速く、確実な選択肢になっています。

塾のM&Aの譲渡価格はどう決まるか——相場と算定の実際
塾のM&Aで最初に気になるのが価格です。
譲渡価格は年倍法を軸に決まり、最終的には損益計算書(PL)をどう評価するかに行き着きます。在籍数や立地は、それ自体が独立した値段になるわけではありません。
年倍法が基本、何が倍率を押し上げるか
塾のM&Aの価格算定は、年倍法が基本です。「時価純資産+営業権」で考え、営業権の部分を営業利益の約3年分で見ます。
一教室から数教室の規模なら、営業利益の3倍程度が営業権の目安になることが多く、これは一般的な相場とほぼ同じ水準です。
そして、規模が大きく、実績を積んでいる塾ほど、この倍率は上がりやすくなります。
では、倍率を押し上げるのは何かというと、ブランドとネームバリュー、具体的には合格実績です。その地域で一番偏差値の高い学校へ毎年多数の生徒を送り込んでいる、といった実績は強い価値になります。
都内の中学受験のように市場そのものが伸びている分野は、顧客ニーズの成長性と希少価値と収益性がそろうため、高く評価されやすい傾向があります。
価格が上振れするのは、いずれも引き継ぐ側が「どうしても欲しい業態・ノウハウ・エリア実績」だったケースです。
学習塾の売却相場と企業価値評価のしくみについては、こちらのコラムもおすすめです。
『学習塾の売却相場・企業価値評価|年倍法の算定としくみを実務で解説』
在籍数・立地・口コミは「PLに映る要素」として見る
ここは誤解されやすいところです。在籍生徒数や継続率、立地、口コミ、ブランドを、それぞれ独立した加点項目だと考えてしまいがちです。
とはいえ、実際の評価は逆で、基本はPLで判断します。これらの要素は、最終的に生徒数を通じてPLに反映されるから価値になる、という順序です。
立地や口コミがどれだけ良くても、PLが悪ければ引き継ぐ側はつきません。
塾には高単価のモデルも低単価のモデルもあり、生徒数の多寡だけでは収益力を測れません。
だからこそ、立地単体で大きく加点することはせず、最後はPLに戻して判断します。
在籍数や継続率は「PLを支える土台がどれだけ強いか」を読むための材料です。
一方で、価格が通常の算定を大きく超えた例もあります。
たとえばプログラミング教室が大手家電量販グループへ承継された案件では、売上が数億円規模で営業赤字だった事業に十数億円の値がついたとされます。
これは引き継ぐ側が自社でその事業を伸ばしたかったためです。
ほかにも、海外ファンドが大手の家庭教師グループを非常に高い金額で引き継いだ例、関西の大手塾がそのエリアで圧倒的な実績を持つ塾を高値で引き継いだ例もあります。
いずれも「相手がまさに求めていた」という条件がそろったときに価格が上振れしています。
譲渡価格を希望に近づけるための準備
価格を少しでも希望に近づけたいなら、直近1年のPLを整えることに尽きます。
販促費をかけてでも生徒数とPLを良く見せ、不要な接待交際費などの経費は削ります。
譲渡の1年前から数字を整えておくことをおすすめします。
もう一つが、離職率を1年前から下げておくことです。
塾は人材こそが価値の源泉です。そのため、譲渡の直前に講師が次々と辞めている塾は、引き継ぐ側から見れば不安要素そのものになります。
譲渡を意識し始めたら、まず現場の定着に向けた対策を講じます。こうした価格交渉のテーブルに着く前の、一年がかりの準備が効果を生みます。

塾を譲渡する側のメリットと譲渡前に整えるべきこと
塾を譲渡する最大の意味は、廃塾という結末を避けられることにあります。生徒も講師も校舎も、そのまま次の経営者へ引き継げます。
廃塾せずに生徒・講師を守れる事業承継の選択肢
塾を閉めれば、通っていた生徒は行き場を失い、講師は職を失います。25年かけて地域に根づかせた塾でも、廃塾を選べば積み上げたものはその時点で消えます。
塾のM&Aなら事業が継続するため、生徒は学び続けられて、講師は働き続けられます。
創業者は、廃塾では得られない譲渡対価を手にできます。
譲渡を決めるオーナーの多くは「生徒に申し訳ない」という気持ちを抱えています。
第三者への承継は、その責任の果たし方の一つになります。
実際、承継のほとんどは引退を前提としていて、引き継いだ後も経営に深く関わり続ける売り手は多くありません。
だからこそ、引き継ぐ側を慎重に選ぶことが、塾の未来を左右します。
譲渡を決めたら最初に整える書類
譲渡の検討に入ったら、まず数字まわりの資料を整えます。
直近3期分の決算書、月次の試算表、生徒数の月次推移データがそろっていると、引き継ぐ側との対話が早く進みます。
これに、講師の雇用契約や勤務シフトがわかる資料、校舎ごとの賃貸借契約書を加えます。
月謝を年払いや半期払いで受け取っている塾は、まだ授業を提供していない分が前受金にあたります。これが負債として正しく計上されているか、早い段階で確認しておきます。
加えて、フランチャイズに加盟している塾は、加盟契約書も最初にそろえる一式に入れます。
こうした準備があるかどうかで、後のデューデリジェンスの速度が変わります。
譲渡のタイミングは「春の入塾期前」を意識する
塾の生徒数は、春の入塾期で大きく動きます。新年度の生徒が固まり、在籍が安定したタイミングは、塾の実力が数字に表れやすい時期です。
一方で、受験直後の2月から3月は受験生が抜けて新規募集が立ち上がる前の端境期にあたり、在籍が一時的に薄く見えてしまいます。
引き継ぐ側に最も良い状態を見せられるのは、春の入塾期を越えて在籍が固まった頃です。
譲渡を考え始めたら、自塾の繁忙と閑散のサイクルを踏まえて、どの時期に数字を見せるかを設計しておきます。

塾のM&Aの譲渡の流れ——相談から成約まで
塾のM&Aは、相談から成約まで大きく4つのステップで進みます。
知り合い同士のマッチングなら半年ほどで終わることもありますが、通常は6か月から1年を見ておきます。
ステップ1:秘密保持契約(NDA)と企業概要書の作成
最初に、相談相手との間で秘密保持契約(NDA)を結びます。
塾を譲渡しようとしている事実が外に漏れれば、講師や保護者が不安になり、生徒が離れかねません。情報管理は最優先です。
NDAを結んだら、次に塾の概要をまとめた企業概要書を作ります。
所在地・校舎数・在籍生徒数・科目構成・財務状況・講師の体制などを整理した資料で、引き継ぐ側が最初に目を通すものです。
ここで自塾の強み、たとえば合格実績や地域での評判を具体的に書けるかどうかが、その後のマッチングの質を左右します。
ステップ2:引き継ぐ側の候補とのマッチング・トップ面談
企業概要書をもとに、引き継ぐ側の候補を探します。
塾のM&Aの候補は、基本的に同じ商圏で塾を運営する事業者です。エリアは基本的に同一商圏で、近隣でドミナント的に広げる動きが中心になります。
東京の法人が大阪の塾を引き継ぐような飛び地はほとんどありません。学研やベネッセのような全国規模の会社は例外ですが、中小規模どうしではまず起きません。
候補が絞れたら、トップ面談に進みます。経営者どうしが直接会い、塾にかける思いや指導方針、引き継いだ後の運営イメージをすり合わせます。
塾は人材が価値の源泉となる事業です。だからこそ、数字の条件以上に、お互いの価値観が合うかどうかをこの段階で見極めます。
ステップ3:基本合意書の締結とデューデリジェンス
トップ面談で方向性が固まると、基本合意書を締結します。譲渡価格の目安、スケジュール、独占交渉権などを書面で確認する段階です。
ここからデューデリジェンス(詳細調査)に入ります。
引き継ぐ側が、財務・法務・労務の実態を詳しく調べます。
塾の場合は、名簿上の在籍数と実際に通っている生徒数の差、講師の雇用実態、校舎の賃貸借契約、フランチャイズの加盟条件など、塾ならではの確認項目が加わります。この章の後半で扱う論点が、ここで一つずつ検証されます。
ステップ4:最終契約・クロージング・引き継ぎ
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な譲渡契約を締結します。
価格や引き継ぎの条件を確定させ、株式や事業の移転、対価の支払いを実行するクロージングへ進みます。
塾のM&Aで世の中的に多いのは株式譲渡です。
一教室だけを切り出しても引き継ぐ側にとって扱いづらく、教育業どうしが法人ごとくっつくケースが多いためです。とはいえ、教育部門だけを切り出して譲渡することもあります。
講師や保護者への告知は、契約締結の後に行います。「運営を担う講師のための話であり、何も変わらない、金銭面の条件は絶対に変えない」と伝えることが、引き継ぎを円滑にする鍵になります。

塾のM&Aで見落とされがちな5つのデューデリジェンス
塾のM&Aのデューデリジェンスには、他業種にはない確認項目があります。一般的なM&Aの知識だけでは見抜けない、塾特有の5つを整理します。
名簿上の在籍数と実通塾生数の乖離を必ず確認する
塾の価値は生徒数に支えられますが、名簿上の在籍数がそのまま実態とは限りません。
休塾中の生徒、退塾の意思を固めているが手続きが済んでいない生徒が、名簿に残っていることがあります。引き継ぐ側にとって意味があるのは、実際に毎月通って月謝を払っている生徒の数です。
確認の手がかりは月次の在籍推移データです。直近3年分の推移を追えば、名簿の数字と実通塾の動きのズレが見えてきます。
さらに、月謝の入金実績と在籍名簿を突き合わせれば、実態に近い数字をつかめます。在籍数の見方は、前述のとおり最後はPLに戻して判断します。
アルバイト講師が年度替わりで入れ替わるリスク
塾の講師は、学生アルバイトや非常勤が多くを占めます。
大学生講師は卒業や進路で年度替わりに動きやすく、塾の運営は毎年の講師確保を前提に回っています。デューデリジェンスでは、講師の構成と、年度替わりにどれだけ入れ替わってきたかを確認します。
ただし、引き継ぎを理由に講師が大量に辞めると決めつけるのは正確ではありません。実務では、雇用も指導体制もそのまま引き継ぐのが原則で、当面はほぼ全員が残るのが通例です。
条件をこのタイミングで変えると反発を招くため、変えません。アルバイトや非常勤を「方針が違うから入れ替える」という進め方は、避けるのが一般的です。
こうした入れ替えは避けるのが望ましいといえます。確認すべきは離職リスクそのものより、現状の体制を変えずに引き継げる状態かどうかです。
校舎の賃貸借契約は本部や大家の確認が必要なケースがある
塾の校舎は、マンションの一室・商業施設のテナント・雑居ビルなど、賃貸物件であることがほとんどです。引き継ぎの形によっては、賃貸借契約の名義をどう扱うか、大家の確認が必要になるケースがあります。
校舎ごとに契約条件は異なります。
そのため、賃料、契約期間、更新条件、保証金の扱いを校舎単位で一覧化し、引き継ぎに支障がないかを確認します。
契約書に経営権の移転に関する定めがある場合は、その内容を個別に読み込みます。
校舎数が多いほど、この確認作業が成約までのスケジュールに影響します。
フランチャイズ加盟塾はFC本部への確認が必要
フランチャイズに加盟している塾を譲渡する場合、本部の許可や承認が必要になります。
加盟契約は本部とのブランド・教材・システムの利用を前提にしているため、経営者が変わるなら本部の確認を経るのが筋です。
実務では、本部自身が引き継ぐか、別の加盟者へ引き継ぐかたちになるケースが多くあります。
承認の具体的な手続きや所要期間は契約によって異なるため、デューデリジェンスの初期に加盟契約書を確認し、本部への相談を早めに始めます。
本部の確認を飛ばして進めると、加盟契約そのものが揺らぐリスクがあるため、ここは慎重に運びます。
録画授業・LMSなどデジタル資産の帰属確認
映像授業を導入している塾では、録画した授業コンテンツや学習管理システム(LMS)が事業の一部になっています。これらが誰に帰属しているか、引き継ぎ後も使い続けられるかは、見落とされやすい確認項目です。
外部サービスのライセンスで提供されている場合、契約が経営者の変更で継続できるかを確認します。
一方、自社で制作した録画コンテンツは、制作に関わった講師との権利関係を整理しておきます。
なお、同じ収益構造なら、人が教えるモデルより映像モデルのほうが高く評価されることがあります。人の仕入れが少なくて済むからです。
こうしたデジタル資産がきちんと引き継げる状態かどうかは、価値の見え方にも関わってきます。
デューデリジェンスで引き継ぐ側から求められる資料には、業種を問わず共通する部分があります。準備すべき資料と進め方については、こちらのコラムもおすすめです。
『デューデリジェンス(DD)チェックリスト|売り手が準備すべき資料と進め方』
塾を引き継ぐ側のメリットと失敗しないポイント
塾を引き継ぐ側にとっての最大の利点は、時間を買えることです。
生徒も講師も立地もそろった状態から始められます。
ただし、引き継いだ後の動き方を誤ると、その価値は急速にしぼみます。
ゼロから開校するより早く・確実に校舎数を増やせる
新しい校舎を一から立ち上げると、物件を借り、内装を整え、生徒を募集し、講師を採用するまでに相当の時間がかかります。
しかも、収支ラインに乗るまでの期間は、昔より長くなっています。
その点、既存塾を引き継げば、初月から在籍生徒がいて、講師がいて、立地が確保された状態でスタートできます。
地域に根づいた塾には、数字に表れない資産もあります。保護者の口コミ、地元での評判、その地域の生徒に合わせて磨かれた指導法は、新規開校では手に入りません。
引き継ぎを通じてしか得られない、この蓄積こそが価値の中心です。
引き継いだ後に生徒が離れないための「最初の100日」の動き方
引き継いだ直後は、生徒が離れやすい時期です。
「先生が変わるらしい」「方針が変わるかもしれない」という保護者の不安が、退塾の引き金になります。だからこそ、引き継ぎ直後の動き方が、その後の生徒数を左右します。
カルチャーフィットが鍵です。
新しい経営者のやり方が講師陣に合わないと、講師のモチベーションが下がり、結果として生徒数まで落ちることが少なくありません。
一方で、評価制度を見直して現場のやる気が上がり、生徒数が伸びた例もあります。
定着の実務として有効なのは、最初の2年、引き継ぐ側の社長や幹部が現場の幹部とよく話す場を増やすことです。
懇親の場のような、肩書きを越えて本音を交わせる時間が、信頼の土台になります。
そのうえで、2年から3年はルールを大きく変えません。少なくとも待遇の引き下げはしません。信頼関係を築いてから、変化を少しずつ加えていきます。
講師の雇用条件は「変えない」と伝えることが定着率を決める
講師の定着で最も効果を生むのは、雇用条件を変えないと明確に伝えることです。
塾は人材が価値の源泉となる事業で、引き継いだ当面はほぼ全員に残ってもらうのが通例です。条件をこのタイミングで変更すると、まずトラブルになります。
講師への告知は契約締結の後に行い、「運営を担う講師のための話であり、何も変わらない、金銭面の条件は絶対に変えない」と伝えます。
最初のうちは何も変えないので、ほとんどの講師が残るイメージです。
そこから時間をかけて、信頼を積みながら徐々に体制を整えていきます。
逆に、順序を逆にして引き継いだ直後に条件へ手を入れると、現場の信頼を一度で失います。
塾のM&Aの仲介会社の選び方——業界特化と総合型の違い
塾のM&Aを進めるなら、仲介会社や専門家のサポートがほぼ欠かせません。どこに相談するかで、マッチングの質も引き継ぎ後の安定も変わってきます。
塾業界の成約実績が豊富かどうかを最初に確認する
最初に見るのは、塾業界での成約実績です。
塾のM&Aには、在籍実態の見方、講師の引き継ぎ、フランチャイズの扱いなど、業界に固有の論点があります。
そのため、塾の現場を知るアドバイザーが担当すれば、価格評価も交渉も精度が上がります。
大切なのは、引き継ぎ後まで支えてくれる相手を選ぶという基準です。
塾は人材が価値の源泉なので、引き継いだ後のPMIがうまくいかないと、せっかくの承継が現場の混乱で損なわれます。
成約して終わりの「売り切り型」には注意が必要です。
カルチャーフィットを大事にしてくれるかどうかも、選ぶときの観点になります。
手数料の体系(成功報酬型か着手金型か)を比較する
仲介会社の手数料は、成約金額に応じて支払う成功報酬型が一般的です。
とはいえ、着手金が必要な会社もあれば、成功報酬のみの会社もあります。
料金体系は会社によって差があるため、複数社に相談して比較するのが基本です。
ただし、費用の安さだけで選ぶのは勧めません。
交渉力、業界知識、引き継ぎ後のサポート体制は、手数料の多寡だけでは測れません。
塾の価値を正しく評価し、納得のいく相手とつないでくれるかどうかを、総合的に見て判断します。
塾専門プラットフォームと総合M&Aアドバイザーの使い分け
塾のM&Aの相談先には、塾に特化したマッチングプラットフォームと、幅広い業種を扱う総合型のM&Aアドバイザーがあります。それぞれ得意な領域が違います。
塾専門のプラットフォームは、業界に絞っているぶん、近い商圏の引き継ぎ候補が見つかりやすい傾向があります。
一方、総合型のアドバイザーは、扱う案件の幅が広く、大手を含む引き継ぎ候補とのつながりを持っていることがあります。
つまり、自塾の規模やエリア、誰に引き継ぎたいかによって、合う相手は変わります。
引き継ぎ後の伴走を重視するなら、その姿勢を持つ相手かどうかを最初の相談で確かめます。
仲介会社の種類や手数料の考え方をさらに詳しく知りたい方は、こちらのコラムもおすすめです。
『学習塾のM&Aの仲介会社・手数料の選び方|種類・費用・PMI伴走まで実務で解説』

塾のM&Aの成功事例——個人塾・中堅塾・フランチャイズ別
実際の塾のM&Aがどう進むのか、規模別に整理します。固有名詞は公開情報のあるものに限り、現場で得た知見は一般化したかたちで紹介します。
個人指導塾を地域の同業者が引き継いだ事例
生徒数が数十名規模の個人指導塾を、同じ商圏で塾を運営する同業者が引き継いだケースがあります。
譲渡する側は後継者不在で引退を考えていて、引き継ぐ側は近隣エリアで生徒基盤を厚くしたいという狙いがありました。エリアが重なる水平統合は、塾のM&Aで最も多いパターンです。
この規模では、価格は営業利益の約3倍を営業権とする年倍法が軸になります。
なお、知り合い同士のマッチングだったため、相談から成約まで半年ほどで進みました。
引き継ぎ後は雇用条件を変えず、講師にはほぼ全員残ってもらい、生徒の離脱も最小限に抑えられました。
直営の中堅塾が大手グループに参加した事例
直営で複数校舎を持つ中堅塾が、大手の塾グループへ参加した事例もあります。
中堅塾の側は、物価高や人件費の上昇で単独運営の負担が増していて、より大きな経営基盤に入ることで安定を得ました。
大手の側は、新規開校よりも速く、確実にエリアを広げられる利点を取りました。
規模が大きく実績があるほど、年倍法の倍率は上がりやすくなります。
実際、合格実績や地域でのブランドが評価され、価格が押し上げられることもあります。
引き継ぎ後は、最初の数年は現場のルールや待遇を大きく変えず、社長や幹部が現場の幹部と関係を築くことに時間をかけました。これが生徒数を維持し、伸ばす土台になりました。
公開されている塾のM&Aの事例としては、早稲田アカデミーによる個別進学館の子会社化、英進館によるビーシー・イングスの子会社化、明光ネットワークジャパンによるケイ・エム・ジーコーポレーションの子会社化などが知られています。
いずれも、引き継ぐ側が既存ブランドを維持しながらエリアや生徒数を広げた点が共通しています。
フランチャイズ加盟塾のM&Aで本部の確認を経た実務
フランチャイズに加盟している塾の譲渡では、本部の許可や承認が前提になります。
加盟契約がブランドや教材の利用を本部との関係に置いているため、経営者が変わるなら本部の確認を経るのが原則です。
実務では、本部自身が引き継ぐか、別の加盟者へ引き継ぐかたちが多くなります。
加盟契約書を早い段階で読み込み、本部への相談を先に進めておくことで、後のスケジュールが乱れにくくなります。
フランチャイズの展開では、加盟する側に塾以外の業種から参入する人が一定数いることもあり、引き継ぎの候補の幅は塾単独のケースより広がることがあります。

【まとめ】塾のM&Aで後悔しないために——最初に相談すべき論点
塾のM&Aは、価格・流れ・デューデリジェンス・引き継ぎのどれを取っても、塾ならではの論点が絡みます。
価格は年倍法を軸に、最後はPLで判断します。
在籍数や立地は、PLに映る要素として見ます。譲渡の流れは相談からクロージングまで4ステップで進み、知り合い同士なら半年、一般的には6か月から1年が目安です。
デューデリジェンスでは、名簿と実通塾の差、講師の引き継ぎ、校舎の賃貸借、フランチャイズの確認、デジタル資産の帰属という5つの論点が立ちます。
引き継いだ後は、雇用条件を変えず、最初の2年から3年で現場との信頼を築くことが、生徒数を守る分かれ目になります。譲渡を考え始めたら、まず直近1年のPLを整え、離職率を下げる準備から始めます。タイミングはできるだけ早く動くほうが有利です。
自分のケースが個人塾・中堅塾・フランチャイズ加盟塾のどれにあたるかで、踏むべき手順は変わります。
まずは塾の現場と教育業界のM&Aの両方を知る専門家に、自塾の状況を一度相談してみることが最初の一歩になります。船井総研あがたFASでは塾のM&Aの相談を無料で受け付けています
船井総研あがたFASでは塾のM&Aの相談を無料で受け付けています。
自社の予備校の価値をおおまかに知りたいという段階からでも構いません。
業種別の資料は こちらからダウンロードできます。
学習塾のM&Aの全体像については、こちらのコラムもおすすめです。
『学習塾のM&Aで知っておくべき全知識|売却・買収・事業承継の流れと価格相場を網羅』
経営の正解は、一つではありません。 まずは出口戦略の『選択肢』を可視化する診断ツールを手に取り、 次なるステージへの展望を具体化する準備を始めてください。 プロの目利きで自社の『真価』を知ること。それが、後悔のない決断への第一歩です。
【業界専門コンサルタントが担当】「出口戦略」診断で自社の価値を正しく守る。ベストな承継を実現するための第一歩。

よくある質問
Q. 塾のM&Aの相場はどのくらいですか?
塾のM&Aの価格は年倍法、つまり「時価純資産+営業権」で算定され、営業権は営業利益の約3年分が目安です。一教室から数教室の規模なら、営業権は営業利益の約3倍になるケースが多くあります。規模が大きく合格実績やブランドのある塾ほど倍率は上がりやすく、最終的にはPL(損益)を軸に判断します。在籍数や立地は、生徒数を通じてPLに反映される要素として評価します。
Q. 塾のM&Aにはどれくらいの期間がかかりますか?
相談から成約まで、一般的には6か月から1年が目安です。もともと知り合い同士でマッチングがスムーズな場合は、半年程度で成約することもあります。フランチャイズ本部の確認が必要な案件や、複数校舎の賃貸借契約を確認する案件では、より時間がかかります。譲渡を考え始めたら、直近1年のPLを整える準備期間も含めて、早めに動き出すことが有利です。
Q. 塾を譲渡すると講師は辞めてしまいますか?
雇用も指導体制もそのまま引き継ぐのが原則で、当面はほぼ全員の講師が残るのが通例です。雇用条件をこのタイミングで変えると反発を招くため、変えません。講師への告知は契約締結の後に行い、何も変わらない、金銭面の条件は絶対に変えないと伝えます。引き継いだ後の2年から3年は待遇を引き下げず、現場との信頼を築いてから少しずつ変化を加えることが、定着につながります。
Q. フランチャイズ加盟塾でも塾のM&Aはできますか?
フランチャイズ加盟塾でもM&Aは可能ですが、譲渡には本部の許可や承認が必要になります。加盟契約がブランド・教材・システムの利用を本部との関係に置いているためです。実務では、本部自身が引き継ぐか、別の加盟者へ引き継ぐケースが多くあります。加盟契約書を早い段階で確認し、本部への相談を先に進めることで、後のスケジュールが乱れにくくなります。
Q. 塾のM&Aを始めるタイミングはいつがよいですか?
塾のM&Aはできるだけ早く動き出すほうが有利です。塾業界はダウントレンドにあり、先送りすると譲渡を考える塾が増えて売り物件が市場にあふれ、相対的に一塾あたりの価値が下がるためです。生徒数が安定する春の入塾期を越えた時期は、塾の実力が数字に表れやすく、引き継ぐ側に良い状態を見せられます。譲渡を意識し始めたら、PLの整備と離職率の改善を1年がかりで進めておきます。