電気工事業界M&Aの時流と今後
- 建設業 M&Aレポート
今回は電気工事業界のM&Aを取り巻く時流について、触れたいと思います。
コンテンツ
市場規模
電気工事を含む設備工事業は建設関連需要の影響を色濃く受けます。下請けを含む完成工事高は1996年度の11兆6千億円をピークに長期的な減少トレンドにありました。2012年の東日本大震災の復興需要や2016年の電力小売全面自由化に伴う外線・内線工事需要、2020年の東京オリンピックの建設需要などを背景に、2021年度では8~9兆円規模と堅調に推移しています(国土交通省:建設工事施工統計調査)。
人材不足
電気工事業界では長時間労働や休日稼働、職務の危険性といったイメージがあります。そのため若年層の採用が進んでいません。既存従業員の高齢化により人材不足が依然課題となっています。加えて、物流業など他業種との人材獲得競争も影響しています。また新型コロナウィルスも原因の1つです。技能実習生をはじめとする外国人人材が確保できていません。それらの点などから人材不足は一層高まっています。広く建設業で見ると10年前と比べて就業者数が約34万人の減少となっています。
(総務省:労働力調査)
電気工事業界のM&A動向
帝国データバンクの調査によれば、設備工事業の後継者不在率は7割に迫る水準です。他の業界と比較しても特に深刻であると言えます。後継者不在に加えて長時間労働や危険な職務イメージによる採用難、下請け構造による低収益性等を理由として、M&Aが盛んに行われています。同業者による買収だけでなく、異業種参入としての買収も行われています。
売り手側のM&Aのメリット
①後継者問題の解消
前述の通り、電気工事業界は特に後継者不足が深刻です。M&Aで次のオーナーに事業を託すことによって後継者問題は解決することができます。第三者への売却でなくとも、幹部社員への承継という選択肢もあります。個人保証の引継ぎや株式買い取り資金の借り入れ等、一定のハードルの高さがあります。
②従業員の雇用維持
廃業すれば雇用が困難になる従業員もM&Aによって継続雇用が可能になります。中小企業M&Aにおいては譲受企業の方が安定基調にあることが多いです。雇用の安定、待遇改善に繋がる可能性もあります。また、新たな業務、ポジションへチャレンジできる可能性もあり、従業員のモチベーション向上にも繋がります。
③譲渡対価の受領
親族内後継者への承継であれば、譲渡対価は発生しません。逆に、贈与税・相続税の課税対象となります。第三者への譲渡(M&A)であれば創業者(家)メリットとして、その対価を受領することが可能です。
④新たなノウハウ・技術の獲得
譲受企業との連携の中で、新たなノウハウ・技術を相互に共有することができます。更なる成長可能性が高まります。
⑤個人保証等が外れる
オーナー経営者においては、借入に個人保証を設定するケースが見られます。連帯保証人になるケースも多く見られます。株式を譲渡することによってこれらの保証を解除することができます。
売り手側のM&Aのデメリット
①希望譲渡価格を下回る可能性
高く売りたい売り手側と安く買いたい買い手側とで、条件面の折り合いがつかないことが往々にしてあります。
電気工事業においては、一人親方から始まった企業で営業を代表者に依存したままであるような場合に、代表者の引退と同時に売り上げの目途が立たなくなると判断されます。そして厳しい条件提示を受けることがあります。
②自分の会社でなくなる喪失感
それまでオーナーシップをもって経営してきた会社が、他の企業傘下となり子会社化することである種の喪失感を覚える方も少なくありません。譲渡後にも会社に残り、いわゆる“サラリーマン社長”となるケースもあります。がそれまでとは違う立場になります。
③企業文化の不一致
企業文化が異なる2社が連携するので、摩擦が生じることがあります。徐々に相互理解を深めながら連携・統合を進めるのが一般的ではあります。が、それでも退職者が出てしまうことも往々にしてあります。
買い手側M&Aのメリット
①拠点拡大に係る時間と手間を省略できる
自社で新たに拠点拡大する場合には、商圏調査、採用・人事戦略、新規営業など、多大なる時間と手間がかかそれでも成功できる確約はありません。
M&Aで既存の法人・事業を譲り受ける場合には、これらのリスクを一挙に解消できることになります(社風の違いや高値掴み等別のリスクはあります)。これがM&Aが“時間を買うこと”と言われる所以です。
②人材確保ができる
労働集約型で電気工事士や施工管理技士などの有資格者が必要な電気工事業では、十分な人材確保が不可欠です。
M&Aで会社・事業を譲り受ければ有資格者・経験者を一挙にグループインすることができます。
③取引先拡大
売り手企業の取引先を自社グループの営業先・取引先として、新たに加えることで販路拡大・売上増加に繋がります。
特に大手企業などは新たにコード取得して新規取引を開始するのが難しいケースもあり、貴重な新規取先になり得ます。
買い手側M&Aのデメリット
①想定していた業績を下回る可能性
買い手企業はある程度、対象会社の改善・連携のイメージを持ったうえでM&Aの実行に踏み切るものです。が、それが想定していた通りに運ぶとは限りません。
外部環境の変化、人材関連の摩擦、簿外債務の発覚など、想定外の事情によって十分な業績を維持できない可能性もあります。
②投資回収ができない可能性
前項のように、譲り受けた会社が想定した業績を実現できないと投資回収期間が延びます。
そして、“自社で拠点拡大したほうが良かった…”となる可能性もあります。
買い手企業としては、概ね5年前後の投資回収を目指して譲受価格の設定、譲受後の統合・連携を計画することが多いように思います。
大学卒業後、ノンバンクへ入社。
営業・法務・管理部門を担当する中、当該ノンバンクが投資ファンドに買収されたことにより、その後、投資ファンド側でのM&A(企業買収・売却)や事業再生支援に従事、買収企業でのハンズオン支援などにも携わる。
2019年12月より、船井総合研究所M&A支援部に合流しM&A仲介業務に従事。
松本 武の紹介ページはこちら 船井総研のM&Aの特徴とM&Aに関する解説ページはこちら