賃貸管理業界において成功するM&Aのポイント

賃貸管理業を経営されているオーナー経営者向けの記事です。船井総研は賃貸管理業界において、長らくコンサルティング活動を実践してきました経験から、今回賃貸管理業の動向やM&Aのメリット・デメリット、そしてM&Aを考え始めた際にオーナー経営者が押さえておくべきポイントを、分かりやすく解説しています。M&Aが活発化している賃貸管理業界において、その背景はどうなっていて、成長する企業はどのようなM&A戦略を描き、実践しているのか、そのヒントを見つける機会になれば幸いです。

①賃貸管理業界の動向

コロナ禍で、賃貸市況は大きく変わってきています。都市流出、郊外住替、地方停滞が、顕著に現れています。都市部では、外国人は帰国し、法人転勤・学生下宿は極端に減少し、人口・世帯数減のエリアも出ています。一方都市部賃貸入居者は、近郊外(30分~1時間圏内ベットタウン)、郊外(1時間越圏郊外市町村)への住み替えが多くみられています。地方都市は、コロナに関係なく、人口・世帯数減が続いた状態で、都市部・地方市での賃貸入居者減少、賃貸住居の空室問題が現れています。
賃貸管理会社は、都市部・地方市は、入居ターゲットに合わせた空室対策、物件再生が主要業務になり、入居率・物件価値向上できる賃貸管理会社が、賃貸住宅の管理委託物件を増やし、売上・利益を伸ばしています。しかし、賃貸住宅の管理委託率が全国でも70%前後まで上がり、より入居者獲得の為の物件差別化戦略、また入居者集客・契約を強化する賃貸仲介戦略を必要とされ、管理委託獲得競争が激しさを増しています。
さらに、賃貸管理会社には、重要顧客である、賃貸物件オーナーへの資産管理、資産運用の施策を実現し、税務対策・資産対策として再生・売買・建築などの資産コンサルティングへの必要性も増して、所有者満足での管理物件数の維持、また安価な管理料・修繕工事などに限らず、売上単価を上げる必要性が増しています。
賃貸仲介、賃貸管理、そして資産管理へと、業務の多様性、専門性を進めるにあたって、作業の多い社内業務の効率化、デジタル化への推進は、まさに必要不可欠になっています。
一方、賃貸管理業はストックビジネスとして、固定客(入居者・物件オーナー)からの安定収入により、売上は維持しやすく、管理委託戸数が維持できれば、売上を確保し続けることができるビジネスモデルです。積極的な賃貸管理会社でも、年間に管理委託戸数を、数%増やす事が目標になり、管理委託戸数は、短期間に一気に増やすことは困難であり、また一気に減ることもない、特殊なビジネスモデルであることも言えます。よって、不動産仲介業、住宅建築業など、関連業界、なかには異業種からの参入や、M&Aに対するニーズが、年々増してきています。

②賃貸管理業界のM&Aにおけるメリット・デメリット

賃貸管理業界の買い手企業は、基本的には資本力のある賃貸管理業界、関連する不動産仲介、住宅建築業界などの大手・地域一番企業になります。基本的には組織化された企業のため、そこにグループインすることで下記のようなメリットが期待できます。

・事業体制、環境の強化

⇒買い手企業の場合、ガバナンスやコンプライアンスが徹底されているケースが多いため、独力では対応しきれない管理面のサポート体制を得られる可能性があります。当然、強い資本・ブランド力にて、今まで以上に、賃貸仲介、賃貸管理、資産管理への展開の強化からさらなる管理委託数・売上の拡大や、また人材の確保、効率化・デジタル化への対応も、新たな親会社主導で進められ事業体制、事業環境の改善、ひいては企業生産性・収益力の改善にもつなげられます。

・後継者問題の解決

⇒賃貸管理業において、もっとも深刻な問題が、後継者不在です。親族への承継、社員・従業員への承継者が不在の場合、第三者への承継(M&A)で株式の処理を行うことができます。

一方、良いことだけではなく、下記のようなデメリットも想定されます。

・売却タイミングが遅れ価値が下がるリスク

賃貸管理業の場合、創業経営者が長年の事業運営の中で、ストックビジネスによる安定収入から、事業継承のタイミングの遅れを生み、さらに新たな事業転換や、投資戦略をとれず、管理委託戸数が減少し続け、売却するタイミングでは価値が下がってしまうケースが出てきています。

・買い手候補が出てこない場合

また経営理念や方向性が異なったりするなど、自身の希望に沿う買い手企業が出てこない場合や、M&Aの交渉において、予想外に時間を要してしまい、疲弊困憊する中で、なかなか事が進まない場合も出てきています。

③賃貸管理業界のM&A手法

賃貸管理業における、M&Aの手法は複数ありますが、その中で多く(7~8割)を占めているのが株式譲渡です。これは賃貸管理業界のM&Aも、例外ではなく、株式譲渡スキームが大半を占めています。

株式譲渡とは、対象会社の法人格は原則変わらず、株式(及び付帯資産)を譲渡することで新たな株主に経営権を譲渡するスキームです。今までの株主が、経営者として一定期間残るケースもあり、今までの事業戦略はそのままにして、従業員の雇用形態や、取引先と契約関係などもそのままで、いわゆる株主の立場だけが変更となります。手続きが簡易というメリットがある一方、買い手にとっては簿外負債等のリスクも引き受けることになるデメリットもあります。
株式譲渡に次いで多いのが事業譲渡です。こちらは会社の資産、契約、従業員雇用等を一つ一つ譲渡するといったスキームです。株式譲渡とことなり、資産の所有権、契約関係、従業員雇用関係は当然には引き継がれず、一つ一つ確認して譲渡しなければならないため、手続きが煩雑です。一方で、買い手としては簿外債務等の引き受けリスクを軽減することができますし、売り手にとっても例えば他の事業がある場合などは、不動産仲介事業だけ譲渡するといった切り売りができるというメリットもあります。

>>株式譲渡についてはこちらのページもご覧ください

④賃貸管理業界におけるM&Aの特徴

買い手の場合

⇒大きく2つに分かれます。
一つは、賃貸管理業での大手、また地域の一番店企業です。新たな商圏拡大や、地域シェアを上げる事で、より自社の成長拡大を目指すシンプルな理由です。同じ事業戦略で、短期間で手間なく、管路委委託戸数・資産コンサルティング売上を拡大する事ができます。
もう一つは、関連業界にて、賃貸住宅におけるインフラ・サービスを扱う中堅・大手会社、さらに地域で中堅以上の不動産仲介・住宅建築会社などが挙げられます。ともに売買、建築ではシェアを獲得し、自社の総合住まい産業として、また安定した事業展開を行う事を狙いとしています。
いずれも、建築・不動産業界の再編禍の中での、成長戦略になります。企業成長には、その事業における市場拡大に合わせて、自社のシェア拡大が基本とされてきましたが、今の成熟した日本の経済状況禍では、手段としてM&Aが重要視されてきています。

売り手の場合

⇒賃貸管理業では、圧倒的に後継者問題です。順調に経営を続けていたが、次の適材の承継者がいない場合に、価値のある状態のうちに、希望する買い手企業に対して売却し、第二の人生設計を立てるというものです。業務の特性から、親族が今後の経営承継を受け入れない場合もあります。
昨今は、経営者ご自身が55歳を超えるあたりから次なる継承を考えはじめ、60歳を超えた辺りに何かしらのきっかけ(家族状況、経営状況、体調など)より、現実的にM&Aを選ばれるというケースが非常に多くなっています。
ただし、賃貸管理業における創業社長の傾向としては、先述の通り、ストックビジネス事業の特性からか、「そのうちに、そのうちにと、」、その時期が後手後手になってしまう会社も多くみられ、後々の企業状態より、価値に大きく影響を及ぼす場合もあります。
賃貸管理業での売却の実例を多くみてきましたが、今現在の状況にもよりますが、今すぐ売らないとしても、出来ることからすぐに何か行動を起こすことをお勧め致します。仮に売却しなくても、企業を永続させるうえで不可欠です。逆に、これが出来ないようでしたら、独力での企業経営が困難な状況にあるという一つの物差しにもなると思います。

⑤賃貸管理業界のM&A相場

中小企業M&Aにおける代表的な株価算定方法としては、「時価純資産法(年買法)」と「マルチプル法」という2つがございます。それぞれの計算方法や、賃貸管理業界における相場は以下です。

1)時価純資産法(年買法)。時価換算した総資産(簿外資産含む)から、時価換算した負債(簿外負債含む)を差し引き算出された時価純資産を株価とする考え方です。対象会社の業績に よっては、そこに営業利益などの「のれん」を上乗せするケースもあり、この算出方法を「年買法」といいます。

2)マルチプル法。償却前営業利益の3~5倍から正味有利子負債(有利子負債-現預金等)を差し引き算出された額を株価とする考え方です。先述の時価純資産法が「資産」をベースとした算出方法に対し、「キャッシュ」をベースとした算出方法となります。「3~5倍」という数字については会社ごとに異なりますが、ストックビジネスでの未来への利益予測も鑑みて、需要のある業種として、賃貸管理業界においては昨今5~7倍が許容範囲となっています。ここから、対象会社の強み(独自のビジネスモデル等)や弱み(管理増加戸数・入居率など)を踏まえ、倍率を増やしたり、減らしたりし価額を交渉することとなります。

そのほか、賃貸管理業では、管理委託戸数1戸で売上総利益が10~15万円、営業利益1~2万円ほど、ストックとして売上維持できると言われています。もちろん、業務内容、単価、エリア性から、一概には言えませんが、業界独自の目安として、管理委託戸数1戸あたり10万円~というシンプルな算定方法も言われています。ここに、正式には、上記1)、2)の算定方法を加味していくととも言われています。

コロナ禍から、M&Aが活発化し出してきている賃貸管理業界において、その背景から、改めて買い手・売り手企業は、どのようなM&A戦略を描き、実践しているのか、考える機会にしてみてください。

松井哲也

(株)船井総研あがたFAS ディレクター

船井総合研究所入社後、不動産業界のコンサルティングに従事。賃貸管理業界のトップコンサルタントとして一番店賃貸管理会社の勉強会立ち上げや管理戸数拡大、資産コンサルティングを手掛ける。不動産業界を中心に、事業承継・M&Aコンサルティングに従事。