今回のレポートでは、再生可能エネルギー業界におけるM&Aの「時流」について、説明をさせて頂こうと思います。
脱炭素、ESG、RE100…等々、毎日のニュース・新聞報道等においても、再生可能エネルギーに関連するキーワードを見ない日はないと言っても過言ではありませんし、エネルギー価格の高騰等、自分たちの生活にも直接的な影響が出てきています。
また、再生可能エネルギー業界のM&A・提携も、国内外問わず、活発に行われ、各種報道等で、皆様もよく見聞きするのではないでしょうか。
近年、最も世間をにぎわせ、話題になったのは、石油元売り国内シェアトップであるENEOSホールディングス株式会社(東京都千代田区)が子会社を通じて行った、再生可能エネルギー事業を運営するジャパン・リニューアブル・エナジー株式会社(以下、JRE、東京都港区)の買収事例だと思われます。
当該案件で、最も衝撃を与えたのは、その取得価額で、約2,000億円と発表されています。
ENEOSグループは、2040年長期ビジョンの中で、「脱炭素・循環型社会への貢献」を掲げ、具体的には、2040年に自社排出分のCO2について、カーボンニュートラルを達成することを目標として設定しております。
また、ENEOSグループの本件M&Aのリリースの中では、① 国内外における再生可能エネルギー事業の総発電容量を100万キロワット超に拡大することを目標としており、その目標に資すること、② JREは、太陽光、陸上風力およびバイオマスの再生可能エネルギー電源を多数保有していること、③ 再生可能エネルギーの主力電源化に向けた切り札として普及が期待されている洋上風力発電においても、事業化検討に積極的に取り組んでいること等を挙げ、本件の意義について説明をされています。
この事例からも分かる通り、再生可能エネルギー業界のM&A・提携が活発に行われている背景の根本には、やはり「脱炭素」が挙げられます。
2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。
これを受けて、地球温暖化対策推進法等の一部改正など、法規制の面だけではなく、様々な脱炭素団体等(RE100、SBT、TCFD等)が組成され、上場企業等の大企業だけではなく、中堅企業・中小企業、官庁・地方自治体・医療機関等、様々な組織が再生可能エネルギー100%の電気を使用していくことを、長期目標に設定し、事業展開が行われるようになってきました。
経済産業省が公表した、「2050年 カーボンニュートラルに伴うグリーン戦略」によれば、電力部門における脱炭素化が大前提として挙げられ、現在の技術水準を前提とすれば、全ての電力需要を100%単一種類の電源で賄うことは一般的に困難であることから、あらゆる選択肢を追求していく中で、「再生可能エネルギー」については、最大限の導入を進め、コスト低減、地域と共生可能な適地の確保、蓄電池を活用することを踏まえて、「洋上風力」「太陽光」「蓄電池」「地熱産業」を成長分野とする取組みを進めていく旨ピックアップしています。
これらグリーン戦略を強く推進するために、予算(グリーンイノベーション基金)、カーボンニュートラルに向けた税制、トランジション・ファイナンスやイノベーション・ファイナンスなどの金融、規制改革・標準化、国際連携など、あらゆる策を導入して徹底的に取り組んでいくこととしています。
これまで、国内の再生可能エネルギーの主役は「太陽光発電」であったものと思われます。
太陽光発電は、FIT(固定価格買取制度)の恩恵の大きく受け、運転開始までの所要期間(開発期間)が他の再生可能エネルギー電源よりも短く、また自宅等の建物の屋根にも設置できるなど、小規模設備の拡大もあって、これまで最も拡大が進んだ再生可能エネルギー電源でありました。
ただ、FITの終了、太陽光発電向けの適地の不足等もあり、これまでと同様の成長曲線を描くことは難しくなってきており、それらを見込んだうえでの、太陽光発電事業のM&A、セカンダリー太陽光発電所の売買が活性化してきています。
事業会社には、「導入期」「成長期」「成熟期」「移行期」「安定期」のライフサイクルがあるとよく言われますが、そのライフサイクルに応じて、M&A・提携における取引環境・市場環境も大きく変化するものであり、一般的には以下のような環境変化で推移すると言われています。
「導入期」は、ベンチャー期として、業績・実績ではなく、ビジネスモデル、技術などに着目
「成長期」は、売手有利のM&Aが進みやすく、高い株価での取引が成立することが多い
「成熟期」は、中堅大手による中小企業買収など、買手主導・買手有利のM&Aが進む
「移行期」は、中堅大手の再編が進み、業界再編として動き出す
「安定期」は、業界再編が一巡し、業界内M&Aが終了、再編後に残った企業で業界が安定推移
このようなライフサイクルにおいて、再生可能エネルギー業界の中でも、太陽光発電業界は、現在「成長期から成熟期」に入っており、一部の動きとしては、「移行期」を見据えたM&A・提携が進んでいるものと思われます。
今後は更に、少なくなってきた太陽光発電事業の適地を求めて、ソーラーシェアリング事業や、建物の壁面などにも設置できるような次世代太陽電池の開発等、新たなイノベーションの中での技術革新も進んでいくことが予想され、社会インフラとして定着した上で、新たに「導入期」的に、優れたビジネスモデル・技術を持った会社のM&A・提携というものも進んでいくものと思われます。
例えば、「非FIT(ノンフィット)領域でのM&A・提携」は、非常に多く見られるようになってきており、2023年にサンフロンティア不動産株式会社が、営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)の企画・コンサルティング・架台システムの提供等を行う、ノータスソーラージャパン株式会社との資本業務提携を公表したように、非FIT分野での取組み推進の原動力としてのM&A・提携などは、今後ますます増えていくものと想定されます。
また、太陽光発電以外の再生エネルギー業界(風力、バイオマス、地熱等)は、現在「導入期から成長期」にあり、今後はますますM&A・提携が活発に行われていくものと思われ、これら太陽光発電以外の再生可能エネルギーのインフラやノウハウを有する事業会社は、市場から圧倒的な企業評価を受け、高い株価での取引が成立することが見込まれます。
例えば、インフロニア・ホールディングスが、前田建設工業、前田道路、前田製作所を傘下にもつ、インフロニア・ホールディングスが、風力発電事業の日本風力開発を2024年1月に子会社化したことを公表しています。
日本風力開発は、売上高90億円超、国内外で300基近く、総発電容量57万キロワット以上の風力発電の開発を手掛けており、その買収価格は、関連費用を含めると2,100億円を超えると報道されています。
日本風力開発がもつ、風力発電の開発力に、大きな付加価値を想定し、自社グループとの関係でも、「請負」を脱却することでシナジーを想定したバリュエーションになっているものと想定されます。
また、東京ガス株式会社は、ポルトガルで稼働中の浮体式洋上風力発電所「ウインドフロート・アトランティック」を運営するウインドプラス社への投資に合意したと、2024年8月に公表しています。
ウインドフロート・アトランティックは、世界でも数少ない1万kW級の大型風車を搭載し、商用運転している浮体式洋上風力発電所の一つであり、東京ガスは、本事業参画を通じて、浮体式洋上風力発電の操業経験を蓄積し、特にデジタルや次世代技術を駆使した先進的なO&M手法の習得を目指す提携であり、今後は、この事業参画で得られた知見を活用しながら、浮体式洋上風力の国内での大規模商用化に向けて取り組んでいくと、その目的について言及されています。
このように、事業のライフサイクルと、世の中の「時流」とがマッチしたときには、M&A・提携においても大きなムーブメントが起こります。
また、この「時流」は、単一の事業だけではなく、周辺の関連事業も大きく巻き込んで大きなムーブメント・イノベーションを起こしていきます。
例えば、この再生可能エネルギー業界においても、「発電事業」だけではなく、「蓄電事業」についても、ますます注目がされており、出力変動の抑制、再生可能エネルギー電力の貯蔵、災害時の電力供給等、この蓄電事業の必要性は、年々高まりを見せています。
実際に、再生可能エネルギー事業ベンチャーの株式会社パワーエックス(東京都港区)は、2022年5月、複数の投資家からの第三者割当増資による40億円以上の資金調達を実現し、この資金をもって、岡山県に大型蓄電池工場の建設を行うことを公表する等、業界自体が、周辺事業も巻き込みながら、拡大が進んでいるものと見て取れます。
同じく「蓄電事業」では、2024年7月に、アドバンテッジパートナーズが運営する投資ファンドが、古河電気工業株式会社の子会社で、東証プライム市場に上場する古河電池株式会社の発行済全株式を取得するため、公開買付けを実施する予定であることを発表しています。
アドバンテッジパートナーズは、2021年にも、昭和電工エマテリアルズ(現:株式会社レゾナック)から、蓄電関連事業を買収して、エナジーウィズ株式会社を設立しており、両社のシナジー効果を企図して、更なる蓄電事業の成長を加速させることを目指しているものと思われます。
この再生可能エネルギー業界は、他の業界で非常に多い「後継者不在」を理由とするようなM&A・提携よりも、非FIT事業で相互にノウハウを活用する等の「成長戦略」を目的とするようなM&A・提携が多く、また、中小企業の「合従連衡」のようなM&A・提携よりも、「大手企業が主導」し、相互に成長を目指すM&A・提携が多いのも、特徴の一つである。
さらに、いわゆるM&Aといわれる支配権移動が伴う提携ではなく、「支配権移動が伴わない提携(緩やかな提携)」をきっかけに、必要な業務工程を、必要な相手と提携を行うことで、シナジー効果を創出させることを目指す取引が多いことも特徴である。
業界構造変革のスピードを考慮して、早期に検討が可能なスキームを選定することが多く、「緩やかな提携」からスタートしながら、更に「関係を深化」させることで、真のシナジー創出を進めていく、M&A戦略・提携戦略が非常に重要になっています。
また、M&A・提携については、よく「時間を買う」という言葉で表現されることがあります。譲受側においては、他社が有するインフラ・ノウハウを含む経営資源を、直ちに自社のリソースとすることで、大きく成長に繋げることが可能となり、またそれに要する時間を大きく短縮することが可能となります。
また、譲渡側においても、他社の傘下に入り、他社のリソースを利用することで、自社の成長に繋げることが可能となり、また同じくそれに要する時間を大きく短縮することが可能となります。
この「時間を買う」という行為は、再生可能エネルギー業界のように、業界構造が大きく変化する業界、また、日進月歩で新しい技術やサービスが生まれてくる業界では、非常に重要となります。
このように、M&A・提携と「時流」には、密接な関係があり、実際の「企業価値評価」「株価」「取引価格」等にも大きな影響を与えるものであります。
ビジネスの寿命がショートタームになってきている昨今、自分たちのビジネスが、ライフサイクルのどこに位置しているのか、また自分たちのビジネスが時流の中で、どのようなポジションを担っているのかを把握することが、日常のビジネス運営はもとより、M&A・提携の実行の判断でも、今後ますます重要になってきます。
M&A・提携は、いずれの当事者様(譲渡側・譲受側)においても、企業経営の中で、非常に大きな転換点となるものであります。
きっちりとした前準備と、「時流」「タイミング」を見定めるという意思決定のもと、ともに成長戦略に資するM&A・提携を目指して参りましょう。
株式会社船井総合研究所としましても、単なる「マッチング」だけに固執した、M&Aコンサルティングではなく、当事者様の「持続的成長(サステナブル・グロース/船井総合研究所では、略して「サステナグロース」と定義しています。)」を目指した、M&A・提携のサポート、引いてはマッチングの場面だけではない、経営者に伴走することを目指した「経営者コンサルティング」を目指しております。
M&A・提携を活用した企業経営は、新聞等で報道される大企業だけのものではありません。自社の戦略としても十分に活用することで、自社の「持続的成長力」を高めていきましょう。
「納得」のいく、M&A・提携を実行するために、少しでも、M&A・提携にお悩みや不明な点等がございましたら、ご相談ください。