保育園の事業承継|社会福祉法人と株式会社で異なる進め方を解説

保育園の事業承継|社会福祉法人と株式会社で異なる進め方を解説

保育園の事業承継は、認可保育園か企業主導型保育事業か、そして株式会社か社会福祉法人かによって、進め方も注意点もまったく異なります。

同じ「保育園を譲る」という決断でも、株式を譲渡するのか、理事長の座を退くのかでは、実務も税務上の扱いも別物です。

この違いを曖昧にしたまま検討を進めると、想定していた条件で話がまとまらなかったり、デューデリジェンスの段階になって自治体への補助金返還リスクが見つかったりすることがあります。

本記事では、株式会社が運営する保育園の事業承継を中心に絞って解説します。

社会福祉法人との違い、企業価値のつき方、デューデリジェンスで見落とせないリスク、譲渡後に軋轢が生まれやすい保育方針の相違まで、実際の相談・DDの現場で得られた知見をもとに扱います。


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保育園の事業承継はなぜ増えているか|倒産・休廃業の実態

保育園の事業承継が増えている背景には、数字で裏づけられる経営環境の変化があります。

帝国データバンクの調査が示す保育園経営の厳しさ

株式会社帝国データバンクの調査によると、2025年に発生した保育園運営事業者の倒産(法的整理)は14件で、前年の7件から倍増しました。

休廃業・解散も32件(前年24件)にのぼり、市場から退出した事業者は合計46件と、年間ベースで過去最多を更新しています。

2025年上半期(1〜6月)だけでも倒産・廃業は22件発生しており、前年同期の13件から7割増というペースです。

待機児童対策で保育施設が増えた反動として、園児の獲得競争が激しくなり、保育士の確保難や物価上昇が経営を圧迫していることが背景にあります。

少子化でも保育所数は増え続ける「二極化」の構造

少子化が進む一方で、保育所の数自体はここ数年増加してきました。

国が待機児童対策として保育の受け皿を増やす政策を続けてきたためです。

その結果、園児募集や職員採用の体力で見劣りする施設ほど、業績が先に悪化しやすくなっています。

実務上は、園児数がピークを過ぎて減り始めた段階で早めに譲渡を決断する経営者が目立ちます。

少子化の流れは止められない一方、補助金の単価は年々増加傾向にあるため、今の運営水準を維持できるうちに引き継ぐという判断は、決して悲観的な選択ではありません。

こども家庭庁が2026年3月に公表した事業譲渡ガイドライン

こども家庭庁は2026年3月、「保育所等の合併・事業譲渡等に関するガイドライン」を策定・公表しました。

全国9,597の保育事業者を対象にした実態調査を踏まえたもので、保育分野で合併・事業譲渡の実態把握とガイドライン整備が行われたのはこれが初めてです。

調査では回答事業者の92.5%が合併・事業譲渡の打診をしたこともされたこともないと答えており、現時点では依然として少数派の取り組みといえます。

それでも国が制度整備に動いたこと自体が、保育園の事業承継を検討する経営者にとって、今後この選択肢がより一般的になっていく可能性を示しています。

保育園に限らず事業承継全体の基礎を確認したい場合は、こちらのコラムもおすすめです。

『事業承継とは|方法・進め方・税金までの流れをまとめて理解できるガイド』 

 

保育園の事業承継は法人形態で進め方がまったく異なる

保育園の事業承継を検討するうえで最初に整理すべきは、運営法人の形態です。

本記事では、株式会社など営利法人が運営する保育園の事業承継を中心に解説します。

社会福祉法人の事業承継は制度上の制約が多く、営利法人と同じ感覚で進めると誤解を招きやすいためです。

株式会社(営利法人)が運営する保育園は株式譲渡が中心

営利法人が運営する保育園は株式を保有しているため、株式譲渡や事業譲渡といった一般的なM&Aの手法をそのまま使えます

。譲渡対価の設計も比較的自由で、譲渡企業・譲受企業双方の交渉によって条件を組み立てられる点が特徴です。

実務上は、認可保育園と企業主導型保育事業を複数運営する営利法人からの相談が多く、事業譲渡か株式譲渡かは、対象施設の範囲や負債の状況によって選び分けます。

社会福祉法人の保育園は株式がなく理事長の交代という形をとる

社会福祉法人が運営する保育園には、そもそも株式という持分が存在しません。

そのため事業承継は、株式の移転ではなく理事長など代表者の交代という形をとります。

対価の受け取り方についても制度上の制約があるとされ、実務での取り扱いは仲介事業者によって差があるとの指摘もあります。

社会福祉法人の保育園の譲渡を検討する場合は、営利法人以上に所轄庁や専門家への事前確認が欠かせません。

認可保育園と企業主導型保育事業で審査の窓口が違う

認可保育園の事業承継では、認可を出している自治体への事前相談と審査が必要です。

法人譲渡であれば経営者が変わるだけと見なされ比較的スムーズに進むことが多いものの、事業譲渡では運営法人自体が変わるため、引き継ぎ先が新たに認可を得られるかどうかの審査を受けます。

一方、企業主導型保育事業は、運営委託を受けている児童育成協会の審査を通過してからでなければ実行できません。

無償譲渡でなければ整備費の返還が生じる場合もあるため、どちらの制度で運営しているかによって、承継の手順そのものが変わってきます。

親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)という手法の違いを横断的に比較したい場合は、こちらのコラムもおすすめです。

『事業承継の方法3類型を比較|親族内・従業員・M&Aの違いと選び方ガイド』

 


保育園の企業価値・のれんが生まれる背景

保育園の事業承継では、財務諸表の数字だけでは説明しきれない価値が価格に反映されることがあります。

新規参入の高い障壁がのれんを生む

認可保育園は、自治体ごとの選定要件が厳しく、新規に開設すること自体が簡単ではありません。

都市部では、同一自治体内で一定年数の運営実績があることを応募要件とするケースもあり、その地域で実績のない法人が新規参入するハードルは高くなります。

企業主導型保育事業も同様に、新規の開設が難しい制度です。

すでに運営できている保育園を譲り受けること自体に価値が生まれる背景には、この参入障壁の高さがあります。

使途制限が譲渡価格を割安にしやすい仕組み

保育園は他業種と異なり、福祉事業としての使途制限を受けます。

保育で得た利益を保育園以外の用途に自由に使うことができず、法人内に積み立てておく必要がある点が特徴です。

実務上は、この使途制限があるために、譲渡企業から見た保育園の資産は「自由に使えるお金」ではなく、譲受企業から見ると相対的に割安な譲渡対価に映りやすいといえます。

保育関係の案件は在庫として長く残らず、比較的譲渡が成立しやすい業種だという声もよく耳にします。

定員規模と収支構造の関係

保育の運営費補助金には、定員が多いほど児童一人当たりの単価が下がるという設計上の特徴があります。

同じ人数の園児を預かるのであれば、大規模な施設を1つ運営するよりも、小規模な施設を複数運営したほうが収支は安定しやすくなります。

この補助金の仕組みを理解しているかどうかは、保育園の事業承継における価値評価の精度に直結します。


譲り受け企業が保育園の事業承継に求める2つの目的

保育園を譲り受ける企業の狙いは、大きく分けて2つの軸で説明できます。

新規エリアへの参入障壁を越える近道として

譲り受け企業のなかには、企業主導型保育事業しか持たず、認可保育園への参入をずっと検討してきた法人があります。

都市部、なかでも東京都では、認可保育園の選定にプロポーザル方式が採られ、同一都内で一定年数の運営実績が求められるなど、他地域からの新規参入には高いハードルがあります。

認可外の保育施設を一定期間運営して実績を作る方法も理論上は可能ですが、実績のある地元法人が選定されやすい傾向は変わりません。

すでに運営されている認可保育園を法人譲渡で引き継げるなら、参入までの時間を大幅に短縮できるという判断につながります。

既存エリアでの定員拡大(水平展開)

保育事業は、1つの拠点で預かれる児童数に上限があるという性質上、売り上げの天井が決まっています。

地域で見られる子どもの人数が法人全体の定員に近づけば、それ以上は新たに預かれません。

ドミナント的にエリア展開している法人からすると、近隣で譲渡の話が出た保育園を引き継ぐことは、預かる子どもの数を増やせる数少ない手段の一つです。

地域の子育て家庭をより多く支援したいという事業目的とも合致するため、近くで譲渡案件が出れば真っ先に検討したいという声は少なくありません。

第三者承継(M&A)全体の流れや後継者の探し方については、こちらのコラムもおすすめです。

『第三者承継(M&A)とは|会社売却の流れと後継者の探し方を中立に解説』

 

保育園のM&Aデューデリジェンスで見落とせない補助金返還リスク

保育園の事業承継を進めるうえで、デューデリジェンス(DD)における最大の注意点は自治体からの補助金返還リスクです。

処遇改善加算など使途が定められた補助金に潜むリスク

保育園が自治体から受け取る運営費補助金のなかには、処遇改善加算のように使途が職員の待遇改善に限定されているものがあります。

実務上は、譲り受けて運営を始めた後になって、本来は職員の給与に充てるべきお金が実際には十分に支払われていなかったと判明するケースがあります。

使途が満たされていないと分かれば、自治体から保育園に対して返還を求められることになり、その負担は結局、運営を引き継いだ側にのしかかります。

自治体ごとに確認時期が異なり契約後に発覚することがある

処遇改善加算などの使途は、多くの場合、翌年度の夏から秋にかけて行われる実績報告で確認されます。

この確認時期は自治体によって差があり、早いところでは6月頃、遅いところでは10月や11月にずれ込むこともあります。

保育園の事業承継の交渉と、この確認のタイミングが重なると、契約がまとまった後になって使途を満たしていなかったことが判明する可能性があるため、注意が必要です。

現経営者も気づいていないケースが少なくない

制度自体が複雑なため、悪気なく使途を満たせていないという事態は起こり得ます。

運営している経営者本人が「問題ない」と思い込んだまま譲渡が進むこともあり、特に保育業界に初めて参入する譲受企業ほど、その細部に気づかないまま話が進んでしまう可能性があります。

だからこそ、保育業界に詳しい専門家が実績報告の内容まで踏み込んで確認するデューデリジェンスの価値は大きいといえます。

 

保育方針・カリキュラムの違いがPMIの最大の壁になる

保育園の事業承継が成立した後は、PMI(統合後のマネジメント)の段階で文化面の壁に直面することがあります。

一斉保育と主体性を尊重する保育の違い

保育の内容には決まった正解がありません。

給食の時間を一律に定めて集団生活を重視する園もあれば、食べたい時間に食べられるようにするなど、子どもの主体性を尊重する園もあります。

カリキュラムを決めて体操や学習の時間を組む園もあれば、園児のやりたいことを自由に伸ばす方針の園もあり、どちらの考え方も保育として成立しています。

譲渡企業と譲受企業でこの方針が大きく異なる場合、統合後にどちらの保育観に合わせるかが実務上の課題になります。

譲渡後に先生・保護者との軋轢が生まれやすい理由

働いている職員からすれば、保育方針が大きく変わることは、これまでの仕事のやり方が一変することを意味します。

保護者にとっても、このカリキュラムを信頼して子どもを預けていたという前提が崩れることへの不安は小さくありません。

実際の待遇や保育内容が大きく変わらなければ職員・保護者への説明で問題になることは少ないものの、水平展開を狙う譲受企業が独自の保育内容を持ち込もうとする場合は、軋轢が生まれやすいポイントです。

理事長は文化の近さを優先し譲渡先を選ぶ傾向

理事長自身が現場で保育士として働いてきた経験を持つケースは多く、従業員の雇用を守りたいという思いが強い傾向があります。

譲渡条件だけを見て決めるのではなく、これまで自分が育ててきた保育観に近い相手を探そうとする理事長も少なくありません。

良い縁があれば譲り受けたいという気持ちがあっても、文化の違いが大きいと分かれば、条件面より価値観の近さを優先して相手を選び直す判断も起こり得ます。 

保育園単体の成長限界と周辺事業への多角化

保育園という事業単体では、成長し続けることが年々難しくなっています。

定員という上限があるため、単価を上げるにも新しい施設を作るにも制約が大きいためです。

実際に待機児童が多く保育所が必要とされている地域は限られており、どこでも新設が認められるわけではありません。

こうした構造を踏まえ、保育事業に子育て関連の事業を付け加え、地域の総合的な子育て支援拠点を目指す方向性が、保育事業者の現実的な成長戦略になりつつあります。

発達に配慮が必要な子どもと定型発達の子どもが一緒に過ごすインクルーシブ保育の展開、産後間もない母親を支える産後ケア事業、そして小学校入学後の預け先不足に対応する学童保育の併設などが、その代表例です。

保育所自体への補助金単価も年々増加傾向にあるため、今の保育の水準を維持しながら周辺事業で収入源を広げていくという発想は、今後も選ばれやすい方向性だといえます。


保育園の事業承継を有利に進めるためにできること

保育園の事業承継をより良い条件で実現したい経営者や理事長にとって、押さえておきたい実務のポイントがあります。

定員充足率を高めておくこと

定員に対する充足率が高く、職員の確保にも困っていない状態は、保育園の価値を評価するうえで最も重視される要素の一つです。

地域の保護者から選ばれている園であることが数字で示せれば、譲渡交渉でも有利に働きます。逆に園児数がすでに減り始めている場合、収支の悪化は避けにくく、将来的な回復も少子化の流れの中では見込みにくいのが実情です。

決断を先延ばしにしないこと

園児数が減っていく見込みがあるなら、時間が経つほど交渉条件は不利になりやすいというのが実務上の傾向です。

時間をかけて定員充足率を戻すよりも、今の運営状態を維持できているうちに決断したほうが、希望する条件での事業承継に近づけます。

 

保育園の事業承継は法人形態の確認から始める

保育園の事業承継は、株式会社か社会福祉法人か、認可保育園か企業主導型保育事業かによって、進め方も税務上の扱いもまったく異なります。

企業価値には新規参入障壁の高さや使途制限といった保育業界特有の要素が反映され、デューデリジェンスでは自治体への補助金返還リスクの確認が欠かせません。

譲渡が成立した後も、保育方針やカリキュラムという数字に表れにくい部分でのすり合わせが、PMIの成否を左右します。

まず取り組むべきは、自園がどの法人形態・制度で運営されているかを整理し、それに応じた進め方を専門家と確認することです。

保育業界特有の論点を踏まえたうえで、どの相談先に話を持ちかけるべきか迷う場合は、手法を決めつけずに整理できる窓口を早めに探すことをおすすめします。

相談先の選び方は、こちらのコラムで詳しく解説しています。

『事業承継は誰に相談すべき?相談先の種類と選び方をわかりやすく解説』

船井総研あがたFASでは、保育園特有の制度や補助金の論点を踏まえたうえで、法人形態にとらわれず事業承継の選択肢を一緒に整理する相談を受け付けています。

保育園の事業承継の進め方に迷ったときは、事業承継の無料相談も受け付けています。

あわせて事業承継の資料ダウンロードから資料も確認できます。


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よくあるご質問

Q. 保育園の事業承継とは何ですか?

保育園の事業承継とは、認可保育園や企業主導型保育事業を運営する法人の経営を、後継者や第三者に引き継ぐことです。株式会社であれば株式譲渡や事業譲渡が中心となり、社会福祉法人であれば株式を持たないため理事長など代表者の交代という形をとります。運営法人の形態によって手続きも税務上の扱いも大きく異なるため、自園がどちらに当たるかを最初に確認することが重要です。

Q. 保育園の事業承継は社会福祉法人と株式会社でどう違いますか?

株式会社は株式という持分があるため、株式譲渡や事業譲渡による事業承継が一般的です。一方、社会福祉法人には株式が存在せず、承継は理事長など代表者の交代という形をとります。対価の受け取り方にも制度上の制約があるとされ、実務での取り扱いは仲介事業者によって差があるため、社会福祉法人の事業承継を検討する場合は所轄庁や専門家への事前確認が欠かせません。

Q. 保育園の企業価値はどのように決まりますか?

保育園の企業価値は、収支だけでなく定員充足率や新規参入の障壁の高さを踏まえて評価されます。認可や企業主導型保育事業は新規開設が難しいため、すでに運営できていること自体に価値が生まれやすい業界です。加えて保育で得た利益を保育園以外に使えない使途制限があるため、譲渡対価は相対的に割安になりやすい傾向もあわせ持ちます。

Q. 保育園の事業承継でデューデリジェンス(DD)は必要ですか?

必要です。保育園は自治体からの補助金に使途制限があり、処遇改善加算のように職員の待遇改善にしか使えない補助金の実績報告で、後から返還を求められるケースがあります。確認時期は自治体ごとに異なり契約後に発覚することもあるため、保育業界に詳しい専門家によるデューデリジェンスで事前に確認しておくことをおすすめします。

Q. 保育園の事業承継はどのように進めればよいですか?

まず自園が株式会社と社会福祉法人のどちらで、認可保育園と企業主導型保育事業のどちらの制度で運営されているかを整理することが出発点です。そのうえで、定員充足率など価値を左右する指標を確認し、補助金の使途に問題がないかをデューデリジェンスで点検しながら、保育業界に詳しい専門家に相談して進めることをおすすめします。

吉田 健人

和歌山大学経済学部卒業後、株式会社船井総合研究所に入社。 教育機関における組織戦略の立案、人事評価制度の再構築、働き方改革支援に従事する。 業務プロセスの最適化を通じた業務効率化支援や、建学の精神・教育ビジョンと連動したキャリアパス・賃金体系の設計において実績を持つ。 学校法人を対象とした経営セミナーの講師実績も多数あり、次世代の教育現場を支える組織体制構築を支援している。

吉田 健人

和歌山大学経済学部卒業後、株式会社船井総合研究所に入社。 教育機関における組織戦略の立案、人事評価制度の再構築、働き方改革支援に従事する。 業務プロセスの最適化を通じた業務効率化支援や、建学の精神・教育ビジョンと連動したキャリアパス・賃金体系の設計において実績を持つ。 学校法人を対象とした経営セミナーの講師実績も多数あり、次世代の教育現場を支える組織体制構築を支援している。