この記事では「クリニックの譲受企業」について、どのような相手が候補になるのか、譲受企業は譲渡側(クリニック)のどこを見て評価額を決めるのか、M&Aを成功させるための必須条件について解説します。
表面的な「売上」や「立地」だけでなく、「医療法人の種類(持分あり・なし)」や「MS法人」の有無が、最終的に手元に残るお金や譲受企業のつきやすさにどう影響するかまで踏み込んで解説します。
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1. クリニックの譲受企業は誰か? 主な3つのパターンと特徴
クリニックの売却や承継を検討する際、まず知っておくべきは「誰が買ってくれるのか」という点です。
譲受企業は大きく分けて以下の3パターンに分類され、それぞれ「買いたい動機」と「見ているポイント」が異なります。
クリニックのM&Aについての全体像を詳しく知りたい方はこちら
規模拡大を目指す「医療法人」による分院展開
一つ目は、すでに病院やクリニックを運営している医療法人が譲受企業となるケースです。
彼らの主な目的は「ドミナント戦略(エリア拡大)」や「人材確保」です。
また、近年では「病床(ベッド)機能の確保」を目的とするケースも増えています。
国の方針で病床削減が進み、新規の病床許可が下りにくい中、M&Aによって既存の「有床診療所」や「透析ベッド」の権利を引き継げることは、医療法人にとって喉から手が出るほど欲しいメリットとなります。
独立開業を目指す「勤務医」による承継開業
二つ目は、病院勤務医が独立のためにクリニックを買収するケースです。
激務な病院勤務に疲れ、QOL(生活の質)と年収アップを求めて開業を目指すドクターが増えています。
ゼロからの開業(5,000万円以上の投資と集患リスク)を避け、既存の患者・スタッフ・設備を引き継げる「承継開業」は、彼らにとってリスクを抑えた賢い選択肢です。
ただし、経営経験がないため、「自分でも回せるか(院長依存度が高すぎないか)」をシビアに見る傾向があります。

難易度高めの案件を狙う「再生ファンド・専門コンサル」
三つ目は、赤字や経営不振のクリニックを買い取り、立て直すプロフェッショナル(再生型M&A)です。
一般的に赤字のクリニックは敬遠されますが、彼らは独自のロジックで勝算を見出します。
例えば、「診療報酬の請求漏れがないか(適正化すれば黒字になる)」、「高すぎる人件費(人材紹介会社への依存)をカットできるか」などを分析し、ポテンシャルがあると判断すれば譲受企業となります。
2.譲受企業が「高値でも欲しい」と判断する3つの条件
譲受企業がつくだけでなく、希望価格以上で売却できるクリニックには明確な特徴があります。
ここでは、現場のプロしか知らない「値付けのリアル」を解説します。
【科目別】整形・透析は設備評価、内科は立地と患者基盤
診療科目によって、M&Aでの評価ポイントは全く異なります。
- 整形外科・透析・産婦人科:高額な医療機器や広い施設が必要なため、設備が整っていること自体に大きな価値があります。これらをゼロから揃えると数億円かかるため、設備評価だけで高値がつくケースがあります。
- 内科・小児科・心療内科:極端に言えば「部屋と机と椅子」があれば開業できるため、設備の評価額はつきにくいのが現実です。ここでは、長年の診療でついた「固定患者(ファン)」や、競合が少ない「好立地」が評価の主軸となります。
整形外科の事業承継・M&Aについて詳しく知りたい方はこちら
透析クリニックの事業承継・M&Aについて詳しく知りたい方はこちら
医療機器や内装だけではない「人材(スタッフ)」の価値

「建物が古いから売れないのでは?」と心配する院長先生も多いですが、実は譲受企業が最も欲しがっているのは「人」です。
特に看護師や理学療法士(PT)は争奪戦です。
技術があり、地域の患者さんを熟知しているスタッフが残留してくれるなら、それだけで数千万円の価値に匹敵します。
逆に、院長交代と同時にスタッフが総辞職するリスクがある場合、どんなに立派な建物があっても譲受企業はつきません。
赤字でも売れる?「ベッド数(病床)」と行政許認可の魔力
赤字経営であっても高値で売れる例外があります。
それが「病床(ベッド)」や「透析」の許認可を持つクリニックです。
前述の通り、行政の許可が必要な「病床」は、お金を出しても新規では手に入らない「プラチナチケット」です。
拡大意欲のある医療法人は、そのクリニックの現在の利益うんぬんよりも、将来の収益源となる「許認可」そのものを評価して買収を決断します。
3. クリニックM&Aの相場とお金|「持分」と「MS法人」の罠

「うちはいくらで売れるのか?」と同じくらい重要なのが、「そのお金は誰に入るのか?」です。
ここは多くの院長先生が誤解している、非常に重要なポイントです。
平成19年が分岐点!「持分あり・なし」で天国と地獄
あなたの医療法人は、平成19年(2007年)3月以前に設立されたものでしょうか?
- 「持分あり」医療法人(平成19年3月以前設立):株式会社に近く、M&Aの売却益は「個人の手元」に入ります。創業者利益を得て引退後の資金にできます。
- 「持分なし」医療法人(平成19年4月以降設立):現在はこちらしか設立できません。この場合、M&Aの対価は「法人」に入ります。理事長個人には、原則として「退職金」という形でしかお金が入らないため、売却益を自由に使うことが難しくなります。
譲受企業の中には、希少な「持分あり」法人を指名して探しているケースもあります。
出資持分の譲渡に関する詳細な手続きやスキームについてはこちらをご覧ください
利益の抜け穴?「MS法人」はセット売りが必須
節税対策として、不動産管理や物品販売を行う「MS法人(メディカルサービス法人)」を設立している場合、M&Aでは「医療法人+MS法人」のセット売りが基本となります。
譲受企業からすれば、医療法人だけ買っても、建物やスタッフの一部がMS法人に紐付いていれば経営ができないからです。
MS法人が絡むとスキームが複雑になるため、早めに専門家に相談し、権利関係を整理しておく必要があります。
財務諸表には表れない「修正純資産」と「実態利益」

価格算定の基本は「時価純資産+営業権(年間利益の2〜3年分)」ですが、決算書の数字をそのまま使うわけではありません。
個人開業医によくある「院長個人の車代」「家族への給与」などの節税経費を利益に足し戻し(実質利益)、さらに減価償却が不十分な医療機器や建物の価値を再計算(修正純資産)します。
これにより、表向きは赤字でも、実質的な収益力が高く評価されるケースは多々あります。
4. 譲受企業が見ている「一発アウト」のネガティブ要因
譲受企業はお金を出して「リスク」を買いたくはありません。
特に医療業界特有の以下のリスクがある場合、検討の土俵にすら上がれないことがあります。
労務管理の不備と「隠れ残業代」
医療現場では「患者さんのため」という使命感でサービス残業が常態化しがちですが、M&Aにおいてこれは「簿外債務(未払い残業代)」とみなされます。
譲受企業が最も恐れるのは、買収後にスタッフから過去の残業代を請求されることです。
「タイムカードがない」「就業規則が古い」といった労務の不備は、価格減額の主要因となるだけでなく、最悪の場合は破談の決定打になります。

訴訟リスクとガバナンス欠如
過去に医療過誤訴訟を起こされている、あるいは現在進行形でトラブルを抱えている場合、譲受企業は非常に慎重になります。
また、最近ではGoogleマップなどの口コミも厳しくチェックされます。
「院長の態度が悪い」「待ち時間が異常に長い」といった悪評が定着している場合、そのブランド毀損を回復するコストがマイナス評価となります。
院長への依存度と情報漏洩(NDA破り)
「先生じゃないとダメ」という患者さんが多いのは名誉なことですが、M&Aではリスクになります。院長引退と同時に患者が離散するからです。
また、意外なリスクとして「情報漏洩」があります。
院長先生がうっかり奥様に話し、奥様から看護師長へ、そしてスタッフ全員へ……というルートで情報が漏れ、M&A成立前にスタッフが大量離職して閉院に追い込まれるケースがあります。
情報は「墓場まで持っていく」覚悟で管理する必要があります。
5.承継後の「空中分解」を防ぐトップ面談の重要性

条件面で合意しても、最後に破談になる、あるいは成約後に組織が崩壊するケースがあります。
その最大の原因は「人の心」です。
スタッフは「職人」である|新しい経営者への拒絶反応
医療スタッフ(看護師、PTなど)は、プライドの高い「職人」です。
彼らは院長の医療技術や人柄を尊敬しているからついてきていることが多いのです。
そこに突然、ビジネスライクな新院長が来て「効率化だ」「売上だ」と指示を出せばどうなるか。
スタッフは猛反発し、「ついていけない」と集団離職してしまいます。
これを防ぐには、譲受企業の「理念」と「人柄」の見極めが不可欠です。
理念の不一致は致命的|「金儲け」か「地域医療」か
譲渡側の院長が「地域医療を守りたい」と考えているのに、譲受企業が「利益第一」を掲げていたら、絶対にうまくいきません。
トップ面談では、数字の話よりも「どのような医療を目指すか」という価値観のすり合わせに時間を割くべきです。
実際、条件が良くても「この人には任せられない」と院長先生がお断りするケースも少なくありません。
成約率を高める「食事会」と「現場見学」の作法
成功するM&Aでは、契約前に必ずと言っていいほど、トップ同士の食事会や、譲受企業による現場見学が行われます。
書面では分からない人柄、熱意、そしてスタッフに対する敬意ある態度を確認するためです。
特に譲受企業が、現場スタッフに挨拶ができるか、偉そうにしていないか、といった振る舞いは、M&A後のPMI(統合)がうまくいくかの試金石となります。
6. 企業再生とDD(デューデリジェンス)|譲受企業が見るべき資料

最終契約の前には、譲受企業による詳細な調査(DD)が行われます。
譲受企業は以下のチェックが必要です。
財務諸表・決算書の読み解き方と隠れ債務の発見
直近3期分の決算書、総勘定元帳、賃貸借契約書、リース契約書などがチェックされます。
特に注意したいのが、医療機器の「リース残債」です。
これは貸借対照表(BS)に載っていないことが多く、あとから数千万円の支払いが判明して揉める原因になります。
不都合な事実ほど、最初に開示することが信頼獲得の鍵です。
レセプト分析と患者属性の確認
譲受企業は「レセプト(診療報酬明細書)」を分析し、どんな患者層が来院し、リピート率はどれくらいかを確認します。
また、再生型M&Aを狙う譲受企業は、「適切な診療報酬請求ができているか」をチェックします。
請求漏れが多いクリニックは、経営体制を見直すだけで黒字化できる「お宝案件」と判断されることもあります。
専門家(税理士・FA)を入れるタイミングと役割

これら全てのプロセスを院長一人で進めるのは不可能です。
特に「持分なし医療法人」や「MS法人」が絡む複雑なスキームは、一般的なM&A仲介会社では手に負えないことがあります。
医療業界の商習慣や法規制に精通した専門家(FA)を早い段階で味方につけることが、安く買い叩かれるのを防ぎ、安心して引退するための必須条件です。
【デューデリジェンスについて詳しく知りたい方はこちら】
【解説コラム】財務デューデリジェンス
【解説コラム】法務デューデリジェンス
【解説コラム】人事デューデリジェンス
7. 【まとめ】クリニックの譲受企業選びは「お見合い」と同じ
クリニックのM&Aは、条件の良い相手を探すビジネスライクな側面もありますが、本質的には「娘(クリニック)を嫁がせる結婚相手探し」に似ています。
年収(買収価格)も大事ですが、それ以上に「娘を大切にしてくれるか(スタッフや患者を守ってくれるか)」「家風が合うか(理念が合うか)」が重要です。
ちなみに、売却後の院長先生の人生は「完全にリタイアして旅行三昧」「顧問として若手を指導」「ピンチヒッター(非常勤)として気楽に診療継続」という3つのハッピーなパターンが多いようです。
良いご縁があれば、先生の引退後もクリニックは地域に愛され続けるはずです。焦らず、信頼できるパートナーを見つけてください。
知識を得るだけでは、未来は変わりません。激変する環境下で、貴社の選択肢が狭まってしまう前に『攻めの出口戦略』を。
独自のノウハウを凝縮した出口戦略診断ツールをダウンロードし、その上で、プロの目利きで『自社の真価』を直接確かめる。
経営者としての集大成を、最も価値ある形で次へ繋ぐ準備は、今、ここから始まります。
【主導権を握れるうちに、一度プロの視点で「最良の出口」を可視化しませんか?】

クリニックの譲受企業(買い手)についてよくあるご質問
Q1. 赤字のクリニックでも本当に譲受企業は見つかりますか?
A. 条件次第ですが、十分に見つかる可能性があります。
本文でも触れた通り、通常のビジネスでは敬遠される赤字案件でも、「有床診療所(ベッドがある)」や「透析」の許認可を持っている場合、または「好立地」である場合は、譲受企業が殺到することがあります。
また、赤字の原因が「過剰な役員報酬」や「個人的な経費」である場合、それらを適正化すれば黒字になると判断され(実質黒字)、適正な価格で売却できるケースも多々あります。まずは「実質利益」の試算を専門家に依頼してください。
Q2. 平成19年以降設立の「持分なし医療法人」だと、売却益は手に入りませんか?
A. 工夫が必要ですが、退職金などを通じて現金化は可能です。
「持分なし」の場合、M&Aの対価は個人ではなく「医療法人」に入ります。そのため、M&Aと同時に院長が退職し、法人に入った現金から「役員退職金」として受け取るスキームが一般的です。
また、MS法人(メディカルサービス法人)を併設している場合は、MS法人の株式譲渡益として個人で受け取る方法もあります。税務面で複雑になるため、医療専門の税理士やアドバイザーの設計が必須です。
Q3. スタッフにはどのタイミングでM&Aのことを伝えるべきですか?
A. 基本的には「最終契約の調印直前〜直後」です。
検討段階で噂が広まると、「経営がヤバいらしい」「新しい院長に切られるかも」という不安から、スタッフの集団離職(空中分解)を招くリスクがあります。
成功事例では、最終契約の前後に全体説明会を開き、その直後から3日以内などの短期間で、新理事長が全スタッフと個別面談を行い、雇用の継続や条件面を丁寧に説明して安心させる、という段取りを組むことが鉄則です。
Q4. 譲受企業が見つかるまで、どれくらいの期間がかかりますか?
A. 早くて半年、長いと数年かかることもあります。
一般企業のM&Aに比べ、医療法人の承継は行政手続きやデューデリジェンス(特に労務やレセプト監査)に時間がかかります。
また、院長先生の希望条件(価格や理念)と、譲受企業のニーズ(科目やエリア)がマッチする「ご縁」の要素も強いため、余裕を持って動き出すことが重要です。「体力の限界」が来てからでは、足元を見られて買い叩かれるリスクが高まります。
Q5. 仲介会社を選ぶ際のポイントはありますか?
A. 「医療法」と「診療報酬」を熟知しているかが分かれ目です。
医療業界は一般企業とは全く異なる法規制(医療法)や収益構造(診療報酬制度)で動いています。これを知らない一般的なM&A仲介会社に依頼すると、「持分」の扱いを間違えたり、行政手続きの不備でクロージングできなかったりするトラブルが多発しています。
「医療特化」を掲げ、かつ「行政との折衝経験」が豊富なアドバイザーがいる会社を選ぶことを強くお勧めします。