古今東西、総ての斜陽産業業種に共通する経営成功原則
私事で大変恐縮なのですが・・祖父が印刷屋を開業。そして、祖父が開業した事業を引き継いだ三代目が従兄弟に居る奥野と申します。私の親戚が印刷屋さん。そんな奥野が今回の印刷業界M&Aメルマガの担当です。ちなみに、創業者である祖父の子供にあたる私の父親は「子供の時はテレビを観ながら刷り上がった印刷物の丁合を手伝った(手伝わされた)」と言ってました。また、祖父の孫にあたる私は、幼少のころ、インクの匂いが充満する輪転機のある印刷工場で遊んだ記憶があります。ただ、経営コンサルタント業に25年以上従事していますが、残念ながら印刷業界とは全くご縁がございません。そんな私ですが、この度、ご縁があって、印刷業界のM&Aに関するメルマガを執筆させていただけることになりました。個人的にも感情移入する印刷業界ということもありますが、皆様のお役に立てましたらと思います。
そんな印刷業界にて、やはり、向き合うべきは印刷業界における市場規模推移。年々縮小傾向です(表1参照)。▲3~5%前後の縮小が続いている。いわゆる典型的な斜陽産業といえます。ただ、斜陽産業における経営成功原則のひとつに「成長マーケットへの集中投資」があります。その経営成功原則に沿って、印刷業界の勝ち筋を考えるならば、急成長しているネット印刷事業に注目するべきです。ただ、「印刷業全体が斜陽ななか、成長マーケットであるネット印刷に集中投資する」という発想は少し安易。成長マーケットの波に乗ったら成功すると考えて参入しても簡単に成功できないとも感じます。というのも、印刷業といえども、従来の印刷業とネット印刷業は別業種といえるくらい商慣習や事業への取り組み方が異なると感じるからです。例えば、前身の小田原印刷からネット印刷事業へ参入。ネット印刷事業参入に成功したプリントネット様の経緯が象徴的(参考図書:二代目社長のための成長率150%を可能にする会社経営)。既存の印刷業事業社であった小田原印刷様といえども、相当な苦労をしながらネット印刷事業を軌道に乗せておられます。小田原印刷様の取り組みを想像するに、新規事業に挑戦するくらいの気概で挑戦しなければならないのがネット印刷事業への参入と思えます。
繰り返しになりますが、年々少しずつ縮小する印刷業界は典型的な斜陽産業です。そんな斜陽産業におけるもうひとつの経営成功原則は「残存者利益」狙い。もしくは自社の強みを活かした「新規事業」への挑戦というのが一般的な解となります。そんな経営成功原則を踏まえ、印刷業界にてM&Aという手段をどのように有効活用するか?が本メルマガの主題です。
表1 印刷業界の市場規模 出所 矢野総合研究所
表2 ネット印刷の市場規模推移 出所 矢野総合研究所
印刷業事業社の「広告制作業」業参入が難しいのはなぜか?
印刷事業社には、「広告制作業」や「出版業」などを社内ベンチャー等で立ち上げ、成功している事業社もいらっしゃいます。例えば、凸版印刷様が立ち上げた「BookLive」事業は、立ち上げに成功した後、アニメコンテンツ制作会社などを次々にM&A。さらに業容拡大を続けておられます。印刷事業社における業容拡大のモデル事例とも言えるでしょう。ただ、私は多くの印刷事業社に汎用性のある取り組みとは思えません。凸版印刷という経営資源が豊富な事業社だからこそ成功したレアケースとも思います。
印刷業は製造業。そう考えると、安易に社内ベンチャーで「広告制作業」などへの新規参入を考えるのは慎重にすべきと思います。というのも、例えばですが、鉄鋼業という製造業事業社に「自動車生産事業」に参入するというのは簡単ではないというのは誰が見ても理解できることでは?と思うのです。特にサービス業は提供価値が無形なこともあり、安易に参入できると考えがちですが、そんな簡単ではありません。印刷業が製造業であると考えれば、なおさら、畑違いであることを認識すべきと思います。
ただ、社内ベンチャーで立ち上げるのではなく、M&Aという手法を用いて印刷事業社が「広告制作業」などへの新規参入を試みるのは比較的再現性が高く、また、失敗確率が低いのではないかと思います。M&Aの譲渡対価が創出利益で何年回収できるか?を試算しながら、「広告制作業」M&Aを検討する。加えて、「広告制作業」の印刷物を自社の印刷事業が手掛けたら、「広告制作業」の外注コストが利益創出に転化できるか?を試算する。そうすると、早期の投資回収目処が立つM&A案件もあると思います。
古今東西、そしてどんな業種も、M&Aは「投資回収」という尺度で有効性を判断する手段です。例えば、取得価格が創出利益の10年分で回収が見込める「広告制作業」ならば表面利回り10%ということです。そして、内製化で創出利益が増え、7~8年回収が見込めるならば、そのM&Aは絶対に前向きな検討をすべきです。いわゆる「利回り約10%」案件が、経営努力次第で「利回り15~20%」が見込める投資物件ということ。利回り15~20%の投資案件というのは早々に出会えません。間違いなく優良投資案件といえるでしょう。
「しゃがんで飛躍」のM&A戦略
話は変わりますが、私自身が、印刷事業社の経営者に最もご検討いただきたいのは「しゃがんで飛躍」のM&A戦略です。最近では、エディオン様(家電量販店)とPTN様(企画・印刷事業・プログラミング教室運営など)のM&A事例がそれにあたるのでは?と思います。家電量販店であるエディオン様が制作している印刷物各種をPTN様が請け負う。また、PTN様としては、エディオン様からの印刷物発注が読めるので、印刷設備の投資回収という緊張感からある程度解き放たれることになります。ただ、PTN様としては、エディオン様の傘下に入るので、「しゃがむ」ような恰好になるのですが、ただ、これは次の飛躍が見込める「しゃがみ」です。
というのも、独立資本であった時のPTN様経営陣は、「経営戦略の立案」「資金繰り・資金調達」「設備投資の投資回収」「営業活動」・・と多岐に渡る経営課題を一身に背負う必要があります。そんな状況下で、伸び伸びと企業展望を描けるか?というのは、冷静に考えて無理がある。特に▲3~5%前後の縮小が続いている印刷業界では、将来展望が描きにくい経営環境といえます。ただ、エディオン様のような大資本の傘下に入れば、その経営課題のいくつかが解消できるので、明るい未来が考えやすくなると思います。例えば、「営業活動」に関しても肩の荷を下ろすことができるでしょう。「設備投資の投資回収」も計算が立ちやすくなる。すると、多くの経営者は将来展望を描きやすい心境になると思います。そして、伸び伸びと挑戦がし易くなる環境を活かして、未来創出の試行錯誤を試みる。その試行錯誤の中で、新たな事業展望が見えれば「しゃがんで飛躍」成功となるのでは?と思います。
エディオン様とPTN様のM&Aが、PTN様にとって「しゃがんで飛躍」となっているか?は不明です。しかし、エディオン様のように印刷物を大量に外注している事業社様の傘下に入った印刷事業社が「しゃがんで飛躍」に成功している事例は複数ございます。この場合、印刷事業社における大事なポイントは、印刷物を大量に外注している大手企業様をどう選ぶか?です。ただ、この手のM&Aは、数年後に円満解消となるケースもあります。おそらくですが、傘下に入ったものの、お互いにシナジーがないと判断され、円満な解消となったと考えられるケースです。ので、お互いにシナジーがなければ、一生傘下に入らなければならないと重く考えないことも大事なポイントと思います。
設備投資回収という経営リスクに向き合う経営者は偉大
▲3~5%前後の縮小が続いている印刷業界にて、印刷物を生成する設備投資に向き合うというのは、印刷事業の経営者にとって相当なストレスと思います。投資したものの、仕事がなくなったらどうしよう?という不安がつきまとうからです。そのストレスを一身に背負いながら社内ベンチャーを立ち上げ、新規事業参入に挑戦するというのは、常人には少し無理難題とも思います。無理難題と思う経営者ならば「10~15%以上の利回りが見込める新規事業M&A」もしくは「しゃがんで飛躍」のM&A戦略をご一考いただければと思います。